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―――はは、やっぱ気に入ってたか
「なにそれ」
やっぱり、とは、どういうことだ。
ようやく二階分を降りたところで少し息が乱れ始める。それにも佐智が楽しげに笑って、喉を鳴らす音。
今何か飲んだ。
息に熱さと水っぽさがないから、酒ではなくコーヒーか。
―――いや、珍しく少し歌い方寄せてたな、と思って
「……引きずられてた?」
―――引きずられてはなかったけど、誰が歌う歌かっていうのは意識してるように思えた
違うか?
そう問いかけられて、奏多はぐ、っと喉の奥を鳴らした。慣れないことをするとすぐにこの従兄弟にはばれてしまうらしい。
曲の雰囲気に合った歌い方しかしないが気に入る声だったから、少しだけ、相手のことを考えながら歌った。普段と変えたのは、それだけだ。
歌い方を真似るとか、雰囲気を寄せるとか、そういうことをしている自覚はなかっただけに、逆に気に入っていると分かりやすく見えた気がして、恥ずかしい。
「変だった?」
―――いーや。むしろ、その仮歌聴いたアマネ……、あぁ、アーティストがな、えらく気に入って興奮してたぞ
「はぁ?」
―――歌ってるのは誰だってうるさいのなんの
思い出しているのか、佐智がふっと吐息で笑う。
階段はあと一階分を残すのみとなった。手すりの向こうに見える地面がかなり近い。
「なんか言ったの」
―――いや、クレジットに載せてる名前は教えてやったけど、それ以外は特には。ただ、仮歌しかやってないって言ったら、じゃあ他の仮歌聴かせてくれって迫られた
「意味わかんない……」
―――人気ものだな?
「べっつに、そんなんじゃない」
憮然と返す一方で、奏多は安堵を覚えていた。自分の情報を、外に出すのは好きじゃない。正確には、昔の奏多を知っている人間に、今の奏多について何か知られる可能性が生まれてしまうのを避けたかった。
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