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 心の声を形にするならば、『うわ』だった。流れている曲に、それこそ引きずられているのか。――かなり好みの声だったのだ。 「いや、あの、こっちこそすみません」  さっきの佐智との電話からこっち、気が乱されすぎている。どうにか真顔を作って、のろのろと手を引いた。  どうしよう。ちらちら菓子パンを見ながら考える。男もこのパンがほしいらしいが、譲ってくれないだろうか。空腹を意識してから、菓子パンを食べてからベッドで泥のように眠るのを楽しみに、ここまで来たのだ。  あぁ、でも、譲ってくれませんかなんて、言えそうにない。  つらつらとどうするべきか考えていたら、男は小首を傾げた。 「これ、好きなんですか?」 「……えっと、」  こくり、頷く。見知らぬ男に何自分の嗜好を晒しているんだ、と直後に呆れた。 「おいしいって聞いたから食べてみようかな、と、思ったんだけど、どんな味?」 「味? 味は、……甘い?」 「まあ、見るからに甘そうですよね」  甘いものが苦手な佐智は、一度食べて思い切り咽ていた。この男も甘いのが得意そうには見えないのだが、人は見かけには寄らないのかもしれない。  上目で伺う奏多に、男は何故だか柔らかく微笑んだ。一度は遠ざけた手を再び菓子パンに伸ばし始めて、反射であっ、と声を漏らしてしまう。  その音があまりにも我ながら残念そうで、たかが菓子パンひとつに対して二十代後半の男が出す声ではないことに気付き、しかめ面を作る。  顔を顰める奏多とは対照的に、男は笑みを深めて、手に取った菓子パンを奏多の中華丼の上に載せた。 「はい」 「……えっ」 「最後の一個は、好きな人が買った方がいいですよ」  顔がいい人間は、性根まで真っ直ぐに育つものなのだろうか。
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