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それっきりの、人生の中でほんのささやかな邂逅――には、奏多の予想を裏切ってならなかった。
「こんばんは」
深夜のコンビニの菓子パン棚の前で、前回とは違い赤いアンダーリムフレームの眼鏡をかけた男に声をかけられて、奏多は心底驚いた。
「こんばんは……」
挨拶を返すと、男は嬉しそうに笑う。
「覚えててくれました?」
「はぁ」
流石の奏多でも、数日前に会った人間――しかも、約数年ぶりの佐智以外との長い会話は、そう簡単に忘れない。
顔はどちらかと言うと眼鏡が似合っていなかったな、という印象が強かったが、好ましい声は覚えている。今日も、耳に心地よい爽やかな声だ。
ねじが緩んできているせいでずり落ちやすくなっている眼鏡を上げて、男を見上げた。
「今日もパン?」
男は言いながら、右手のカゴを覗き込んできた。
カゴには、弁当と、たまたま飲みたくなったハチミツレモン、そして、数個のジャムパン。もう少し買っておくべきか、と迷っている時に声をかけられたので、棚にはまだ在庫は残っている。
同じのしか食べないのか、と暗にからかわれたがして、奏多はカゴを男の視界から遠ざけた。
「好きなんで」
「そっか。そういえば、俺あのあと見つけて食べましたよ。すっげー甘かった。甘すぎて半分くらいしか食べらんなくて人にあげちゃったけど」
コーヒーがあんなに苦く感じたのははじめてかも、と、男が顔を顰めたのを見て、奏多はむしろ感心した。よく半分も食べれたものだ。結構な大きさがある上に中身の方が生地よりも多いのに。
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