プロローグ

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 かなた。  大好きな優しい声が、自分の名前を呼ぶ。  かなたの歌は、天使様の歌のようだね。  歌以外ではまだうまく回らない舌の、たどたどしい発音で"Engel"? と返すと、奏多の癖のない少し薄めの栗色の髪の毛を指で梳きながら、そう、天使(engel)。と、完璧な発音で微笑まれた。  どこまでものびやかで透き通っていて、ボクはかなたの歌が好きだよ。とても。  囁くように告げながら、額に落とされた口づけに奏多もへにゃりと笑う。  歌が好きだ。うまく歌えると気持ちがよいし、何よりも、  かなたの歌は、みんなに幸福を運んでくれるんだよ。  そう、奏多を慈しんでくれる彼が褒めてくれる歌だから。  じゃあ、おれは――の為にうたうね。  年末に歌ったばかりの、世界で一番歌われている交響曲を口ずさむ。  そのころは確かに、曇りなく信じているものがあった。  けれど、でも。  本当に自分の歌が幸せを運んでくれる、天使の歌だったとしたら。  どうして奏多には――それをもたらしてくれなかったのだろう。  ずっと、今でも、胸の痛みと共に考える。
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