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お金も何もなかった奏多がこのマンションの一室を買うためには、佐智がレコード会社にいることだけでは無理があった。けれども、買うどころか防音工事まで施せたのは、祖母が奏多に少なくない遺産を残してくれたからだ。遺産が残っていたことも、奏多はこの間初めて佐智から聞いた。
親とも絶縁状態の孫を残して逝くのは、祖母にとっての最後の心残りだったらしい。祖母が住んでいた家は佐智と佐智の母親に渡すから、自身の貯めたお金や早くに亡くなった祖父の遺族年金などを、奏多にどうかあげてほしい。そして、できれば奏多が独り立ちできるまで、少しでいいから手助けを。
見せてもらった祖母の遺言書に綴られていた奏多への心配に、その日の夜はひっそりと泣いた。ずっと関わりがなくて急に押しかけてきた迷惑な孫を、それでも確かに祖母は愛してくれていた。
だから、祖母に礼と、なんとか立ち直れたことの報告をしに行きたかった。母のお墓も、物心ついてから一度も訪ねてなかったから。気付けば、母が亡くなった歳を越して久しい。
「奏多」
「うん?」
「頭でも打ったか?」
「前々から思ってたけど、サチ兄は俺に対して失礼すぎる」
どれだけ何もできない子供だと思われてきたのだろう。思い当たる節しかないので強く責められないのが、悔やまれた。
溜息でひっそりと遺憾の意を訴える。少しして衝撃から立ち直った佐智は、缶の残りを飲み干すとニヤニヤと笑った。
「そういう気持ちに至れたのも、ま、いい影響なんじゃないか?」
「あっそ」
「墓参り行くときは教えなさいね。俺も一緒に行くから」
「場所わからないから、元々一緒にきてもらうつもりだった」
「はいはい。じゃ、そろそろ向かうか。あいつ遅れるとうるさいんだよ」
缶をコンビニの空き袋に入れて、佐智も立ち上がる。そういえばこれからいく美容院のオーナーは佐智の知り合いらしいな、と最初に頼んだ時の嫌そうな顔を浮かべながら、奏多はふと、口を開いた。
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