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「奏多!」  開いた瞳に飛び込んできたのは、ワイシャツを濡らしながら奏多を覗き込んでくる従兄弟の姿。  佐智の名前を呼ぼうとして、しかし気管に入り込んだ水のせいで咳が止まらない。 「ごほ、ごほっ……さち、に、…っ」 「風呂の中で寝るなってあれほど言っただろう!」  浴槽のふちに体をだらりと預けて、せき込みながらぜいぜいと肩で息をした。長い前髪が視界を遮るのが邪魔で、せきの合間に力の入らない手でかきあげた。  ぼやけた思考を手繰り寄せ、今の状況を把握する。  ――仕事が一段落したから、一際冷える日だからと珍しく湯船にお湯を張って、それで、気持ちよくてうとうととしてしまった。  それから、なにか、夢を見ていて。  そして、佐智に名前を呼ばれて、気付いたら溺れそうになっていた。 「ね、寝てた……?」 「思いっきりな。ったく、烏の行水の奏多が珍しく長風呂してるから、怪しいと思って見に来て正解だった」 「いつきたの」  裸眼のせいで掠れる目を強く瞬きして、佐智を見上げる。 「多分、お前が風呂に入ってすぐ。それにしても、なんか変な夢でも見てたのか? 引き上げるときに、『STOP! STOP!』って叫んでたぞ」 「はっ、すと……? あぁ、うん…」  言われて、ぼんやりと夢の記憶が蘇ってくる。  見ていたのはおそらく、七歳か八歳の時の入寮の時の夢だ。  日本とは違い、既に冷えはじめていた八月下旬にシャワーをぶちまけられたのは、半ばトラウマだったのでよく覚えている。寝ている途中に水に沈んだので、シンクロしていたのだろう。  ただ、あの時は、やめてくれと叫んだらすぐに水を止めてくれたはずだ。Verzeihung(ごめんなさい)、と言いながらタオルをかけてくれたのも記憶している。なんだかもごもご言っていたので、わざとじゃないとか弁明していたような、していなかったような。
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