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 乗りたくないと駄々をこねる暇もなく、エレベーターに無理やり引きずり込まれた。  一階から四階までの短い間、いつ誰が乗りこんでくるのか気が気ではなく。奇跡的に誰とも鉢合せをしなかったことに安堵する。  そんな奏多を気にもせず前を歩いている佐智に、奏多は憮然として声をかけた。蹴れるものなら蹴り倒してやりたい。 「サチ兄、なんで今日うちに来たの」 「あぁ、渡すものがあったんだよ」  渡すもの? とおうむ返しで問うと、エントランスの自動ドアをくぐりながら佐智が後ろを振り返る。 「この前仮歌提供してもらったやつの完パケ。ほんとはマスタリングしたやつでもよかったんだけど、忙しくて完パケ出来上がるまで来れなかったから」 「あの電話の時のやつ?」 「そう。お前が珍しく気に入ってたやつ」  気に入ってた、を強調して佐智がにやりと口の端を上げた。前から妙にこの話題でいじってくるのはなんなのだろう。  早く飽きてほしい。  この話題を続けたくなくて、奏多はわざと無視をした。佐智も、無理にこのことについて引っ張る気はないのか、すぐに体を正面に戻してコンビニへと入っていく。  コンビニは、今日も顔なじみのやる気のない青年店員が、奏多たちを出迎えた。 「奏多何ほしい」  佐智が入口付近に設置されているカゴを一つ手に取って、奏多に訊いてきた。奏多は奥の弁当コーナーを見やり、棚で遮られて直接は見えない飲み物のクロークをうかがい、レジに設置されたホットスナックに顔を向けた。  しばし考え込み、蓋のかぶさっているおでんに目を細める。 「……おでん」 「他は」 「あとは今日はいい」 「オッケー。俺は色々見てくるから、しばらく待ってなさい」 「うん」  返事を聞くや否や、ずんずんと奥に進んでいく佐智を見送った。
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