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「……音を奏でるに、多いって書いて、奏多」
「多く奏でるなんて、ぴったりだ」
「そんなことない、です」
名前負けもいいところだ。もう長いこと、納得のいく音楽を自分の中に見つけられていない。
睫毛を伏せて、揺れる瞳を隠す。
訪れた静かな間は、能天気な佐智の声で破られた。
「さて、俺はいまいち状況が把握できてないんだけど、いつの間にアマネと奏多が知り合いに?」
疑問を投げた相手は周にだった。
「というか、なんで君あんなすぐにバレそうな格好で外で歩いてるわけ? 甲斐さんは?」
「甲斐さんは地下の駐車場で下してくれたあと別れてます。変装も、案外目の色隠すだけでバレないもんですよ。暗いし」
そういうものだろうか。
つくね串を齧りながら、瞳の色の暗い時とで脳内で比べてみた。でも、確かに、周のこの瞳の色は強烈な印象になる。いくら顔を覚えていても記憶に残るのは一番印象の強い部分だから、色が違えば別人かも。なんて思考が働いてもおかしくない。現に、奏多はそうだった。
奏多が抜けているだけでは、きっと、ない。
「カナとは、ちょっと前にたまたまコンビニで会ったんです。ほら、大月さんが、カナが好きなパン教えてくれたでしょう? どんなのかなって気になって買いに行ったら最後の一個で、同じタイミングで取りに来てて。その時は譲ったんですけど」
周は「ね?」と奏多に同意を求めてくる。
間違ってはいないので頷いて、奏多は佐智に眉を寄せた。
「なんで俺の好きなものとかどうでもいいこと教えてんの」
「だって、あまりにもカナはどんな人だって訊いてくるから」
どうしてそこで周は照れたように頬を染めるんだ。喉まで出かかったツッコミを、汁の染みた大根を咀嚼することで飲みこんだ。
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