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「それで? パン譲って?」 「その時に、もしかしたらこの人がカナなのか? ってちょっと思ったんですよね」 「え、えぇ……?」  いきなり飛んだ発想に、奏多は少し引いた。顔も知らない、好きなパンの情報だけで奏多だと思う理由がまったくない。しかし佐智は、面白そうにカップのコーヒーを揺らしながら聞いている。  周は、目を据わらせた奏多に、きちんと根拠があるのだと真面目ぶって言った。 「寒い中ジャージとサンダルだったでしょ? つまり近所に住んでる。上のマンションっていう可能性は十分に考えられたよ。大月さんから教えてもらったパン買いにきてたし、声も似てたから」 「住むところまでサチ兄教えたの……?」 「教えてないぞ。本人の許可なくそんなこと言うか」 「じゃあなんで、このマンションに住んでるかもしれないってだけで、俺になるの」  言われてみれば、二度目に会った時も、奏多がこのマンションに住んでいるとわかったらやたらテンションが上がっていたことを思い出す。  セキュリティが厳しくて駅から遠いだけの、どこにでもあるマンションの、何が特別なのだろう。  釈然としない奏多に、アマネはきょとんとした。 「カナ知らないの?」 「何が」 「ここのマンション、大月さんとこのレコード会社持ちの物件だから、基本的に社員かもしくは関係者しか住めないんだよ」 「――…そうなの?」 「言ってなかったか?」 「聞いてない」  全くの初耳だった。もしかしたらここに放り込まれた時に説明を受けたのかもしれないが、そんな昔の話を覚えているはずがない。
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