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自分の稼ぎだけで自活できるようになるまでの一年あまり、ほぼ泊まり込みで面倒を見てくれたのも、この従兄弟だ。
従兄弟と言っても、十五歳まで海外生活だった奏多とは、日本に戻ってから数年面倒を見てくれた祖母の葬式で初めてまともに顔を合わせたくらい、それまでの関わりは薄かった。
当時はどうしてそこまで奏多の面倒を見てくれるのかわからなかった。
今も、あまりよくわかっていない。
海外にいた頃の奏多ならいざ知らず、仕事をしている現在ですらなるべく引きこもってダメ人間街道を歩いている奏多に、世間でも認知される有名プロデューサーの従兄弟が、目をかける理由が見当たらないのだ。
ネットや交通網が発達したこのご時世、仕事の依頼ならメールか郵送で済ませればいいのに、こうして奏多の生存確認がてら、佐智はこの部屋に訪れる。
今日もそのようで、CDラックに追加されたCDは、おそらく次の仕事のアーティストか何かの直近のシングルかアルバムだ。
持ってこられたところで奏多は滅多に担当するアーティストの曲を聞かないからやめろ、と言っているのだが、そのための見本だからといって律儀に持ってくるをやめてくれなかった。
「今月多くない…?」
「フリーランスなら普通の量だ。もっと受けてる人だっていっぱいいる」
「俺一応、サチ兄んとこの所属のなんかじゃないの…」
「スタジオに一切顔を出さなくてよくしてやってるんだから、フリーランスと変わりがないだろ」
反論ができない。
次に佐智が取り出したのは、クリアファイルに包まれた契約書と概要の記載された紙。
慣れた手つきで、ベッドボードに読みかけの文庫の下で埋もれていた『田野倉』のハンコを取り出し、契約書に勝手に判を押した。
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