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「それで、藤堂」 「ん、なに?」 「手袋返せ」 「え、やだ」 「……レポートと引き換えだ」 いつの間にか左手の手袋を剥ぎ取って矯めつ眇めつ私の左手を観察していた同期生――藤堂忠光に右手で鞄から取り出したレポートの束を差し出せば、藤堂はぱっと笑顔を浮かべ、私の左手を確保したままレポートを獲っていく。 そしてそのまま嬉々としてレポートの表紙を捲ろうとしたため、流石の私も立ち止まった。 「おい、藤堂」 自分でも普段より低いと自覚する声が零れる。 そうでもしないと私は私の感情を他人に伝えられないということを、既に私は知っていた。 藤堂がレポートから顔を上げ、私の顔に視線を向ける。 正確には。 私の顔に掛かっている、眼鏡に目線を合わせた。 「あ、ごめん、怒った?」 「どちらかは諦めろ。この欲張りめ」 ――「透明病」は。 身体の全細胞が光を反射しなくなる病気である。 私の毛髪も爪も皮膚も骨も血も内蔵も心臓ももちろん脳も、あらゆる細胞が外部からの光を素通りさせる。 故に私の身体は視覚には映らない。 ただし光を反射しないだけで存在は発病前となんら変わりがないため、質量もあれば触感もあるし体温もある。 新陳代謝もあるので汗も出るし爪や髪は伸びる。 ただし、それが目に見えないだけで。 私がこの病気になってまず諦めたのは、髪を切ることだった。 爪はもともとマメに切っていたのが幸いし、毎日ヤスリで少しずつ削ることで適度な長さを保っている。 だが髪は無理だ。 手触りで適当に切っても見えないからいいと言う同病患者も居るが、私は無理だった。 何せ、自分でも自分がどんな髪型なのかが見えないのだ。 うっかり斜めに切っていても、うっかり右だけ長くても、わからないのだ。 それで人前に出ろと。 うん、無理だ。 まだ伸ばし続けてなんとなくではあっても想像できる髪型を維持する方がいい。 長い分色々と不便はあるが、縛ればそこまで見苦しくはならないはずだ。 いや、見えないのだけれども。
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