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がりがりと書類にペンを走らせる手を止めて、ふうと伸びをする。
部屋の隅につけられた木製の机の上で、処理済みの書類が未処理の書類の数を上回っていた。あと少しだなぁ、と半眼でそれを見て欠伸をする。
戦乱と共に増築を繰り返し、広く複雑になったサゼルメリク城の辺境。
あまり人が足を運ぶことのない場所に、アインスの執務室は有った。
すぐ右側に張られた硝子窓から、ちらりと遥か下の中庭を見る。
差し込む陽光が眩しくてレースカーテンを閉めた。
軍に入ってもう10年以上経つ。
乞食みたいな自分が軍に入れたのは奇跡だったと思うし、その上国家親衛隊の隊長にまで成り上がったのは奇跡というより怪異だと思う。
書類仕事をして、この窓から陛下がおひとりで城を出ないか気を付けて、おひとりでないなら無事をお祈りして、おひとりならこっそりお供して護衛する。だいたいそんな感じの毎日。万が一の事を考えてお仕事している最中にこれストーカーかな、とか思い浮かんでしまうのはなかなかしょっぱい気持ちになるが、知らぬふりをして本当に万が一が起こったら洒落にならない。
なんて、リラックスしてのんびり下らないことを考えられるほどに、執務室の周辺は静かで人気がなかった。
「…………あー、そろそろ役職持ちの人変わってないか書類見とこ」
本当は書類でなくて、直に会って確かめるのが一番なのだろうが。
普段みなさんがどこにいらっしゃるか知らない程度には個人的な親交が深まっていなかった。
クズだな。
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