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見えなくとも、たとえ身体が壁も人間もすり抜けたとしても、カキは自分の事を人間だと言って聞かない。
カキは自分と同じ服を着ている人間の後を追った。案外沢山いるものだ。
あの子、あの子が良い。長い髪で、とても綺麗な人だ。
カキはその後を追う。ばれることはないから、背後をぴったりと張り付いた。
顔を覗いても、彼女は真っすぐ行く先を見つめている。すると、彼女はバッグから携帯電話を取り出した。
「懐かしい」
身に覚えのある感情は間違いなく記憶の断片と言える。些細だが、きっと役に立つ感情だった。
女はどこかに電話を掛けるようだ。カキにも分かる。あの機械の操作方法も何もかも、カキには身に覚えがあった。
人間だ。人間だ。ほぼほぼ確信に近い。自慢してやろうとも思えた。
「もしもし、お母さん。今帰るところ。今日テストだったから。期末。そうだよ」
期末テスト。聞くだけでぞっとできる。背筋を何かが昇ってくるように、心の中の感情が恐怖心となって昇ってきた。たかが期末テストという単語だけでだ。怖いわけではない。懐かしさや億劫さ、様々な感情が入り混じる。
女は電話を切った。電話の主の言葉も聞けばよかったか、女は少し嬉しそうだった。
着いた場所は普通の民家。
新しくはないが、綺麗な家だ。するとその中から憶測でしかないが先ほどの電話の主であろう母が出て来る。というのも『お母さん』と呼んだことからまず間違いはないだろう。
「おかえりなさい」
いい家庭だ。懐かしく、優しい母。父親は仕事だろうか。
表札には『上野』と書かれてある。
「上野さんちですか。ちょっとおじゃましますね」
綺麗な玄関。整頓された靴と、娘を迎える母。この感覚は忘れられるものではない。
「ほらほらほら。ただいまって言いたくなるよ」
こみ上げて来る。今まで人の家に侵入することに罪悪感があるという理由からしたことがなかったが、今までしてこなかったことを酷く後悔できる。
だがそれ以上に、これはいい。
カキは彼女たちに着いて玄関を土足で上がり込んだ。
なんでも、名前はカエデというらしい。カキと同い年くらいだが、美人で気立てがよさそうだ。そんな彼女は家に帰ればすぐにエプロンに着替える。この家は母ではなく娘が料理をするらしい。良い妄想が頭を刺激する。こんな家庭に生まれたかった。
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