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手には恐らくカエデであろう赤ん坊を抱いているこの男を、カキは知っていた。あまりにもいつも見る顔、それは子供の柔らかそうな体を抱いて、顔の肉が重力に負けていた。
カキは考える。
『だった』とはなんだ。好きだった。いや、彼は今でも好きだ。男二人でも花見に行こうと言い出すほどに。いや、彼女達はウエオを忘れたわけではない。
そうだ。きっと私の事を覚えている人間がどこかにいるはず。
何が最悪だ。自分たちにとって、最悪の事態とはなんだ。
それはあれだ。自分たちがすでに死んでいるという可能性だ。
だが何のために。分からなかった。
カキも一緒に車に乗り込んだ。不思議と乗れる乗れる。座れ。と頭で念じれば、座って一緒に移動することが出来た。数十分としない間に場所に着く。
綺麗だった。彼らと一緒に来ればよかっただろうかとさえ思えた。
いや、いないでほしい。桜に向け、彼の写真を掲げるこの人たちを、彼に見せてはいけない。そんな気がした。いなくなってしまう気がしたからだ。
居るか。居ないか。
「アイさん。ウエオさん」
叫んだ。必死に叫んだが、彼らの気配はない。良かったか。いやどうだ。複雑に感情が入り交じる。
声は周囲の人間に混ざり消える。だから見るしかなかった。木に登ろうか。
カキは見た。中でも一番高い木の上に上った。そして見渡す。居た。
彼らは下品に二人で騒いで、彼女たちの方向に向かっていた。
止めるか。どうするか。取りあえず、会おう。
「お二人さん」
樹の上からカキは飛び降りた。
そして、思い出した。
薄っすらだ。薄っすらでしかない。
いつだったか、ここかどうかも分からない樹の上から飛び降りた。そんな気がした。
意識が一瞬飛んで、カキは地面に叩きつけられた。
声が聞こえる。あのハゲと、タンクトップが叫んでカキの元にやってくる。
「来ないでよ」
「大丈夫」
ウエオはそう心配した。その点アイは笑っていた。
頭の上に咲いた桜が頭と被されば、まるで本当に頭に花が咲いたようだった。
「ハゲが移ります」
普段なら頭を掻いて、少し照れる人だが、ウエオの意識はどこかに飛んでしまった。
「アイさん」
「なんだよ」
「なんか、分かりました」
「何が」
「私達が消えた理由」
「本当か」
「お父さん、桜綺麗ですね」
聞こえた声はあの家族。ウエオの写真を掲げて、桜の木に向けている。
「僕だ」
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