第1章

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 手には恐らくカエデであろう赤ん坊を抱いているこの男を、カキは知っていた。あまりにもいつも見る顔、それは子供の柔らかそうな体を抱いて、顔の肉が重力に負けていた。 カキは考える。 『だった』とはなんだ。好きだった。いや、彼は今でも好きだ。男二人でも花見に行こうと言い出すほどに。いや、彼女達はウエオを忘れたわけではない。  そうだ。きっと私の事を覚えている人間がどこかにいるはず。  何が最悪だ。自分たちにとって、最悪の事態とはなんだ。 それはあれだ。自分たちがすでに死んでいるという可能性だ。  だが何のために。分からなかった。  カキも一緒に車に乗り込んだ。不思議と乗れる乗れる。座れ。と頭で念じれば、座って一緒に移動することが出来た。数十分としない間に場所に着く。  綺麗だった。彼らと一緒に来ればよかっただろうかとさえ思えた。 いや、いないでほしい。桜に向け、彼の写真を掲げるこの人たちを、彼に見せてはいけない。そんな気がした。いなくなってしまう気がしたからだ。  居るか。居ないか。 「アイさん。ウエオさん」  叫んだ。必死に叫んだが、彼らの気配はない。良かったか。いやどうだ。複雑に感情が入り交じる。  声は周囲の人間に混ざり消える。だから見るしかなかった。木に登ろうか。  カキは見た。中でも一番高い木の上に上った。そして見渡す。居た。 彼らは下品に二人で騒いで、彼女たちの方向に向かっていた。  止めるか。どうするか。取りあえず、会おう。 「お二人さん」  樹の上からカキは飛び降りた。 そして、思い出した。 薄っすらだ。薄っすらでしかない。 いつだったか、ここかどうかも分からない樹の上から飛び降りた。そんな気がした。  意識が一瞬飛んで、カキは地面に叩きつけられた。 声が聞こえる。あのハゲと、タンクトップが叫んでカキの元にやってくる。 「来ないでよ」 「大丈夫」  ウエオはそう心配した。その点アイは笑っていた。 頭の上に咲いた桜が頭と被されば、まるで本当に頭に花が咲いたようだった。 「ハゲが移ります」  普段なら頭を掻いて、少し照れる人だが、ウエオの意識はどこかに飛んでしまった。 「アイさん」 「なんだよ」 「なんか、分かりました」 「何が」 「私達が消えた理由」 「本当か」 「お父さん、桜綺麗ですね」  聞こえた声はあの家族。ウエオの写真を掲げて、桜の木に向けている。 「僕だ」
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