幸せの極み執事

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蓮司は弥彦に髪を乱暴に掴み上げられながら、真理亜をちらりと見る。真理亜は口元を手で覆ってはらはらと泣いていた。 「うちの真理亜は一人娘だ。再来月には栃留物産(トチドメブッサン)のご子息の元に嫁入りすることに決まった。お前みたいな男の入る隙など無いんだよ」 真理亜と栃留物産の息子との結婚は親同士の中で決められていた。本人達の意思など関係ない。先週の見合いも、見合いとは名ばかりの顔合わせのようなものだった。蓮司は黙ったまま唇を噛み締めてうつむいた。 「わかっています。卑しい自分は分不相応な夢は見ていません。私はただ……真理亜お嬢さまに仕えることが出来ればそれだけで幸せなのです。後生です、旦那様。金輪際口を利くなと言われようが顔の皮を剥がれようが構いません。真理亜様にこの身を尽くさせて下さい」 蓮司はまた頭を深々と下げた。真理亜は「蓮司さん」とつぶやき、またはらはらと涙を流す。 弥彦は蓮司のこういうところが気に入らなかった。非の打ちどころが無いところが彼の非の打ちどころと言えた。鼻につくのだ。顔だけでなく性格もいい。精悍な顔の皮を剥いでもいいと言ったのもおそらく口だけではないだろう。 彼は外で恋人や友人を作ることもせず、ただ365日ずっと真理亜に仕えていた。 文字通り、真理亜は彼の人生そのものだった。
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