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仏間に充てられたのは父と苑子が暮らす家の茶の間だが、何故かというと、そこに仏壇が置かれていたからだ。苑子が仏間から廊下に出、二階に上がる階段に向かう。間絶え間なく撓んだ床がギイギイと鳴る。改装はしているものの父の紀也が生まれる前に祖父が建てた家だ。築年数は美也子叔母の年齢に近い。三十坪弱の土地に建てられた細長い庭付きの家。大きくはないが、父娘が暮らすには十分広い。一時期は東京郊外の大学に通う地方出身の母の弟が同居したこともあるが、祖母が死に、祖父が死に、それに母が死んでからは基本的に父娘二人だけの家となる。例外は父や苑子の友人が訪れ、長いときには一週間ほど泊まって行ったことと押しかけ女房に失敗した祥子が連日訪ね、たまに苑子の部屋に泊まったことくらいだ。
そうかこの先、わたしは独りでこの家で暮らすのか。
階段も旧いので大きな音を立てないように気を使いながら苑子は思う。その日、家に泊まった美也子伯母と吉雄叔父、それに姪の好子全員が苑子の決断を否定する。
「一軒家で女の一人暮らしだなんて物騒よ。どうしてもこの家に住みたいのだったら同居人を探すことね」
中でも美也子が特に強く主張する。吉雄と好子も美也子の考えに同意したが、吉雄の頭の隅には苑子の恋人のことが過ぎったかもしれない。
今でも食事をする仲だが、以前のような熱を失い別れた元恋人、大住淳平との渋谷でのデートをかつて叔父に目撃されたことがあったからだ。
苑子と淳平は性格的には吊り合っていたが、結局それ以上に押すものもなく、いつしか関係が消滅する。セックスの相性については如何とも言い難いが、その原因はすべて苑子にあるので文句は言えない。結局どうにも転ばず終わってしまう。きっと、そんな仲でしかなかったのだろう。以前父に、おまえは結婚しないのか、と問われたとき、今付き合っている人とするかもしれませんが、わかりません、と苑子は正直に答えている。その後淳平と別れ、紀也も薄々そのことには気づいたようだが、確認はしない。
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