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格子状の手すりに寄りかかる。見下ろすと車が走っている人工の流れを、ぼんやりと眺めていた。
いつのまにか来ていたのは歩道橋の上。学校でも公園でも、駅前でも店舗でもなく、ひとりでに足を向けていた。
水色に塗装された階段が、何本も交差している。自宅から大通りに来ると、広がっている大きな歩道橋だった。
左へ右へ、東から西へ。車の動きを目で追うようで、実は道を丸ごと覆うような感覚で、ただ見つめていた。
効果音を再生したような連続する怠惰な走行音に混じって、時折ブレーキ音やクラクションが耳を衝く。
わからない。
僕は白村大樹。社会人一年生の22才みたい。高校から飲食店にバイトしていて、そのまま社員になったらしい。
だって思い出せないんだ。
何ひとつ覚えていないんだ。
赤い四角の物体はポスト。円周率や漢字等、一般常識は理解できた。着替えや風呂、仕事もすんなりできた。
だけど、わからないんだ。
家族も店長もスタッフも、ご近所さんもコンビニの店員も、業者の人も友達もみんなメモリーカードには保存されてるし。
僕を哀しそうに見つめるんだ。
忘れちゃってホントごめん…
「ワンッ!!!」
歩道橋を駆け上がってくる白い塊。勢いある雄叫びを上げて全力疾走している。
「ワンッ!ワンッ!ワンッ!ワンッ!」
トップブリーダーがベタ褒めするだろう猛スピードで僕を目掛けて飛んで来る。
「ワンッ!!!」
誇らしげに見上げた白い犬は、純真な瞳をキラキラさせていた。無意識で垂れた耳を掻くように撫でていると、規則正しい呼吸や匂いに癒されていた。
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