第1章

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十分ほど待ったが、研究生が来る気配もない。 十四時と先生は言っていた。 私は見えていないのをいいことに、部屋のあちこちをそっと歩き、 周りを見て歩いた。 いつもは近づかない棚の辺りにいかにもらしい「見合い写真」のような白い厚紙を見つけた。 中を開くと、目元のはっきりしたスラリとしたアジアンビューティー。 この人がお嬢様かな? 私は一般家庭だし、英文科だから先生の古典文学への情熱とか解らない。それよりは、理解があって、バックボーンとなる人のほうが良いに決まっている。 鼻の奥がツンとして、うっかり写真を取り落とした。 「何してる?」 え?! 「何してる?今日は客が来るって言ったろう?何でそこにいるんだ?」 は?!なんで? 振り返ると、すでに背後にはぴったりと不思議そうな顔で先生が立っている。 なんで?見えてるの? 「見え……るんですか?」 「何言ってんだ?見えるよ。椛島さん」 「何時から……」 「はぁ?さっき学生と一緒に来たでしょう?何してんだろ?と思ったけど」 「私、私、今、透明人間なんです!」 そう言いながら、じたばたする私。 目をしぱしぱさせて、先生は笑い出す。 「そう?あはは!そうか!じゃあ見えないな~。でも、まぁいいや。居るならコーヒー入れてくれないか?」 頭をぐりぐりとされ、私は認識されていることに気が付く。 そのまま、行ってしまおうとする先生の袖を掴んで、引っ張った。 近くにある本の山がホコリと共に崩れた。 「あ~。また崩れた。なに?」 「あの!今日お客様は……」 「あぁ、来なくなったよ。朝お断りしたからね。さぁ、コーヒー入れて。君の分も入れるといい。手が冷たいようだし……ん?どうした?」 袖を掴んだまま、ポロポロと零れる涙が止まらなくなって、子供のようにしゃくっていた。 「どうした?!え?!痛いのか?透明人間ゲームに引っかかったのが悔しいのか?またうちの榊と黛だろう?ふふっ」 ヨシヨシしてくれる先生の手を掴むとしゃくりながら聞いた。 「先生はっ、結婚しちゃうんですか?」 困ったように先生の目が上を向いて、苦笑いをする。 「ん~。そういう話になってたらしいね。知らなくてね。学生に聞いた。疎くてね。そういうの」
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