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十分ほど待ったが、研究生が来る気配もない。
十四時と先生は言っていた。
私は見えていないのをいいことに、部屋のあちこちをそっと歩き、
周りを見て歩いた。
いつもは近づかない棚の辺りにいかにもらしい「見合い写真」のような白い厚紙を見つけた。
中を開くと、目元のはっきりしたスラリとしたアジアンビューティー。
この人がお嬢様かな?
私は一般家庭だし、英文科だから先生の古典文学への情熱とか解らない。それよりは、理解があって、バックボーンとなる人のほうが良いに決まっている。
鼻の奥がツンとして、うっかり写真を取り落とした。
「何してる?」
え?!
「何してる?今日は客が来るって言ったろう?何でそこにいるんだ?」
は?!なんで?
振り返ると、すでに背後にはぴったりと不思議そうな顔で先生が立っている。
なんで?見えてるの?
「見え……るんですか?」
「何言ってんだ?見えるよ。椛島さん」
「何時から……」
「はぁ?さっき学生と一緒に来たでしょう?何してんだろ?と思ったけど」
「私、私、今、透明人間なんです!」
そう言いながら、じたばたする私。
目をしぱしぱさせて、先生は笑い出す。
「そう?あはは!そうか!じゃあ見えないな~。でも、まぁいいや。居るならコーヒー入れてくれないか?」
頭をぐりぐりとされ、私は認識されていることに気が付く。
そのまま、行ってしまおうとする先生の袖を掴んで、引っ張った。
近くにある本の山がホコリと共に崩れた。
「あ~。また崩れた。なに?」
「あの!今日お客様は……」
「あぁ、来なくなったよ。朝お断りしたからね。さぁ、コーヒー入れて。君の分も入れるといい。手が冷たいようだし……ん?どうした?」
袖を掴んだまま、ポロポロと零れる涙が止まらなくなって、子供のようにしゃくっていた。
「どうした?!え?!痛いのか?透明人間ゲームに引っかかったのが悔しいのか?またうちの榊と黛だろう?ふふっ」
ヨシヨシしてくれる先生の手を掴むとしゃくりながら聞いた。
「先生はっ、結婚しちゃうんですか?」
困ったように先生の目が上を向いて、苦笑いをする。
「ん~。そういう話になってたらしいね。知らなくてね。学生に聞いた。疎くてね。そういうの」
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