始まりの朝

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 台所に人影は見当たらない。  今日はママがいないんだっけ…。  居れば大概きちんと起こしてくれるはずの“お守り”は、九州で講演会があるからと昨日から出張に行ってしまったのだった。   台所の片隅でブラウスのボタンを全てとめてから、口に入る物がないかと千穂は見渡した。  昨夜のうちに残りご飯で作っていた握り飯をひっつかんで、千穂は口いっぱいに飯粒を詰め込んだ。  そのまま玄関ホールまで出て、スカートに足を滑り込ませて上がりかまちにドサッと腰を下ろす。  靴下を履いた右足からローファーにつっこんで、かかとに人差し指を滑り込ませて、靴べらのかわりをさせる。千穂はいくら急いでいても、上靴でも絶対に踵は踏まない。形を崩すのがすごく嫌いだからだ。  まだ膨らんだままの頬をぐもぐもと動かしながら、下駄箱の姿見に映った夏服と短めの髪をさっと点検して、千穂は玄関の扉を開いた。
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