2185人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ
わけがわからないまま、それでも視線は外せない。
目の前で色めいて揺れている、黄昏時の暗い黒。いつもの見慣れた黒瞳とは何かが違うそれが、じーっと俺を見つめてきてるから。
“土岐が、俺を見つめてる”。
その事実がどうにも落ち着かなくて、馬鹿な俺は、なぜか鼓動までをも速めていくんだ。
おかしい。おかしいぞ、俺。
土岐が、万一にも俺が『もしかして』って期待するような理由で俺のことを見るはずがないのに。
なのに、こんなにドキドキするとか、おかしい。
あー、やべぇ。心臓の音、聞こえてねぇかな? そんなの聞こえるわけねーかもだけど、もしも気づかれて変に思われたら、やだ。
な、なんとかしなくちゃ。なんとか……。
「飲まないのか? それ」
「へっ?」
「お前、実行委員として頑張ってたから、ねぎらいのつもりの差し入れなんだが」
「あ……飲むよ、飲む! サンキュっ」
土岐の視線が、俺から外れた。至極あっさりと。
俺の隣に音もなく移動し、グラウンドを見おろす横顔はキャンプファイヤーの炎の反射を受けていても涼やかで。さっきまでの昏さの片鱗すら見当たらない。
あれ? 勘違い? 俺の思い込み?
緊張してた身体から、ガクッと力が抜けた。
うん、だよなー。この俺に『万一の、もしかして!』が起こるわけ、ねぇよな。
「武田、早く飲めよ。そのミルクティー、ふたりで一本なんだぞ」
――ガコンッ
俺の手からペットボトルが滑り落ちた。コロコロと床を転がる音が聞こえたけど、どこで止まったか、わからない。見る余裕がない。
うっ、うわっ! うわああぁぁっ!
肩を組んできた土岐の唇が、俺の耳に触れながら声を発したからだ。
最初のコメントを投稿しよう!