キミの背中に、手を伸ばす。

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 わけがわからないまま、それでも視線は外せない。  目の前で色めいて揺れている、黄昏時の暗い黒。いつもの見慣れた黒瞳とは何かが違うそれが、じーっと俺を見つめてきてるから。  “土岐が、俺を見つめてる”。  その事実がどうにも落ち着かなくて、馬鹿な俺は、なぜか鼓動までをも速めていくんだ。  おかしい。おかしいぞ、俺。  土岐が、万一にも俺が『もしかして』って期待するような理由で俺のことを見るはずがないのに。  なのに、こんなにドキドキするとか、おかしい。  あー、やべぇ。心臓の音、聞こえてねぇかな? そんなの聞こえるわけねーかもだけど、もしも気づかれて変に思われたら、やだ。  な、なんとかしなくちゃ。なんとか……。 「飲まないのか? それ」 「へっ?」 「お前、実行委員として頑張ってたから、ねぎらいのつもりの差し入れなんだが」 「あ……飲むよ、飲む! サンキュっ」  土岐の視線が、俺から外れた。至極あっさりと。  俺の隣に音もなく移動し、グラウンドを見おろす横顔はキャンプファイヤーの炎の反射を受けていても涼やかで。さっきまでの昏さの片鱗すら見当たらない。  あれ? 勘違い? 俺の思い込み?  緊張してた身体から、ガクッと力が抜けた。  うん、だよなー。この俺に『万一の、もしかして!』が起こるわけ、ねぇよな。 「武田、早く飲めよ。そのミルクティー、ふたりで一本なんだぞ」 ――ガコンッ  俺の手からペットボトルが滑り落ちた。コロコロと床を転がる音が聞こえたけど、どこで止まったか、わからない。見る余裕がない。  うっ、うわっ! うわああぁぁっ!  肩を組んできた土岐の唇が、俺の耳に触れながら声を発したからだ。
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