第1章

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神さまは存在しない、と私は考えている。 見たことがないからだ。肉眼はもちろん写真や映像でもだ。 帰宅ラッシュで押したり押されたりした私は、太陽が夕刻を告げる中、駅から家に向かおうとしていた。 ある女性が目に入った。 駅の前で地図らしき紙を片手に右へ左へと視線を移動させている。 私は考えるよりも早く駆け寄り。声をかけた。 聞くと地下鉄を探しているらしく、それなら駅の中を抜けた反対側だと教えた。 女性は軽く頭を下げ感謝すると駅の中に消えていった。 神さまはいないのだ。 であれば、人助けというのは神さまに祈ったりするのではなく、自らが率先して行わなければならない。 自転車置き場の近くを通りかかった時だった。 うつ伏せに倒れこんだ人を見つけた。 私は近づき、穴が空き破れた服を着た大変不快な臭いのする男の体を起こし、軽く揺すりながら安否を確認した。 死んではいないらしい。 綿菓子のような白いヒゲをアゴに蓄えた男は、焦点の合わない目で私の方を見つめ、かすれるような声で「めし」と呻いた。 食事をしていないんだな、それで意識が朦朧としているらしい。 しばらく待つように伝え、近くのコンビニで簡単な食べ物を調達し、戻ってきて男に与えた。 とくに礼もなく黙々と食べ物を貪りきったは、突如目を見開きまっすぐこちらを見た。 やや横柄な口調で感謝を述べられた。 礼になるかはわからないが、と前置きした男は上着のポケットから小瓶を取り出し、私に手渡した。 そのみすぼらしい格好とはかけ離れたイメージの小綺麗な、手のひら大のガラスの小瓶だ。 中には深い赤色をした液体が入っている。 男にこれがなんであるか尋ねると「飲み物だ、透明になれる薬だよ」と応えた。
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