第1章

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透明になれる薬とはなんだろうか。 何かの比喩なのか。 日常的に人助けはするが、物で礼をする人はほとんどいない。 この男の感謝の気持ちを素直に受け止めるため、この場で飲んでみることにした。 小瓶の蓋を取ると、ほのかに果実のような甘い香りが立ち上る。 果実酒か何かだろうか。 私は一気に飲み干した。 液体が食道を通り、みぞおち辺り、胃まで落ちたのを感じた。 直後、全身に水が染み渡るような、細胞の一つ一つが潤っていくような満たされた感覚を味わった。 私は目を閉じ、腹から指先にいたるまで全身にエネルギーが満ちていくのを感じた。 しばらくして目を開けると、夕陽は沈み夜が訪れていた。 男の姿は消えいた。 ずいぶんと空は暗くなってしまった。 どれぐらい時間を食っただろうと腕時計で時間を確認しようとして。 気づいた。 時計が見えない。 そればかりか手も腕も見えない。 視線を下にやっても、胴体や足も見えない。 どうしたというのか。 目の異常だろうか、日頃の・・・ 肩の後ろに強い衝撃を感じた。 不意のことでバランスが取れず前のめりに倒れた。 一体なにが? 起き上がりながら顔を振ると、スーツ姿の中年男性が倒れた姿勢から起き上がろうとしているのを見ることができた。 そうか、ぶつかってしまったのか。 私は丁寧に謝罪の言葉を述べ、地面に落ちた男性のものらしきカバンを拾って彼に渡そうとした。 男性はほんの少しカバンを見つめたかと思うと、顔色を悪くして足早に去ってしまった。 唐突のことでかける言葉も思いつかなかったが、どうしたのだろうか。 私はカバンに目をやり、その異常を理解した。 カバンが空中に浮いている。 ようやく私は理解した、自分は透明になったらしい。 しかしこれは不便だ。 誰かに声をかけようにも気味悪がられるだけだ。 見えないわけだから、気をつけないとさっきのようにぶつかられるぞ。 私は普段は通らない人通りがほとんどない裏道を通って帰ることにした。 まばらに街灯が光る中、様々な思索で頭を埋めながら、見えない足を前に進めていた。 視界の隅に薄い光を認識した瞬間だった。 ひやりとする風圧が半身を駆け抜けた。 自転車だ。 かなり近い距離をすれ違っていった。 当然だ、向こうからこちらは見えない、ゆっくり走る理由はないのだ。 常に全方位に気を配らないといけないのかと、体の緊張が一段階高まった。 その時だ。
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