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・周回遅れの慎次郎
面倒くさい。行動を起こすのがおっくうだ。
天井を見上げると、蛍光灯からほこりのかたまりがぶら下がっているのが見える。ほうっておけば、いずれ向かいに座る同僚のマグカップにでも落下する日が来るのかもしれないが、椅子に上がって取り除く気も、伝える気も起きなかった。
両側のデスクからは、過剰に穏やかな調子の声が絶え間なく聞こえてくる。
「お客様にご融資いたしましたモノの、返済期限が過ぎておりまして――」
どれだけやわらかい調子で話そうと、その背後に潜む威圧感は完全に消すことはできない。じわじわと受話器の向こうに漏れでてしまう。いや、あえて漏れさせているのだ。
この会社では債務者に対し、「カネ」という直接的な言葉を、できるだけ使わないようにしていやらしさを回避しているのだが、どんな言葉を選ぼうと、借金の返済を迫る電話であることにはかわりない。
都内のカード会社に勤務して一年になるおれ、子安慎次郎(こやすしんじろう)は、うすっぺらいスーツのボタンを留めながら、以前、係長から聞いた言葉を思いだしていた。
――貸すほうと借りるほう、どっちが偉いかと聞かれて、貸すほうが偉いに決まってるだろうって考えるなら、そいつは大バカだ。いまの世の中は、債務者のほうが守られるばっかりで、こっちが、どうかお願いですから返してくださいませ、って頭を下げなけりゃいけない。
実際、勤務するなかでその実感は強く持った。泣きながら、「もうちょっとだけ待ってください」と懇願したあとで、けろりと、「ねえもんはねえんだよ」と逆上したり、「会話は全部、録音してるからな」と訴えを起こすことをにおわせたりする。貸す側の穏やかな態度に威圧感が含まれているように、借りる側のへりくだった態度には、したたかさが含まれていた。
世間はおれたちのことを、「金貸し」「借金取り」などと軽蔑のニュアンスを込めていうが、こっちからすれば、借りるやつのほうこそ、「金借り」「借金負い」といった言葉で呼んでやりたくなる。
一筋縄ではいかない借金負いの一面にあきれつつ、さらにこの仕事を耐えがたいと感じる理由は、借金負いにおける年寄りの割合が、あまりに高すぎることだ。
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