第1章:フシギな人

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第1章:フシギな人

 どこかの喧騒に混じった大好きな人の声を聞きとることに、私は必死になった。 「おまえの名前を、勝手に借りて悪いと思ったんだけどさー。どうしてもあのときは、必要だったんだよ。デート代とかぁ、他にもいろいろ金がかかっちゃってさー」  スマホから聞こえてくる謝罪混じりの彼氏の声に、ちゃんと答えなきゃと頭では理解していた。分かっているのに突然告げられた内容は、それすらもさせてくれないものだった。 「気がついたらさぁ、300が500になってて今は――」 「ちょっと待ってよ。桁のおかしい数字について、これ以上は怖くて聞きたくないかも」 「そっか。だけど俺はもう払えなくなったから、おまえンとこに請求がいくんで、あとはよろしく~!」  彼氏ののんきな声に被さるように、新幹線の発車ベルが聞こえる。タイミングが良すぎるなシチュエーションに、嫌な予感しかない。 「なっ!? もしかして逃げるの!?」 「ちょっとの間、雲隠れするだけだし。心配すんなって」 『ヒロシ、早く乗らなきゃ出ちゃうよぉ!』  女の声が彼氏の声と混じって聞こえてきた瞬間には、スマホが切られてしまった。 「信じらんない。二股かけられた挙句に捨てられただけじゃなく、借金を背負わされるなんて、これからどうすりゃいいの……」  私は受け止めきれない現実を目の当たりにして、力なくその場に座り込む。  怖くて最後まで確認できなかったけど、話によれば借金の総額は500万円を超えているらしい。  どうやって、そんな大金を返済すればいいんだろう? 結婚するから、会社に提出する必要書類の関係で使うというウソにまんまと騙されて、彼氏に印鑑を貸したツケがこんなことにつながるとは思いもしなかった。  とにかく少しでもいいから早く返さないと、もっと大変なことになる!  結婚資金に貯めていたお金は、150万ちょっとある。両親は他界している上に親戚関係とはほぼ音信不通状態なので、今更のこのこ顔を出すなんて真似は、どう考えたってできない話だった。 「手っ取り早く稼ぐ方法を、知らないワケじゃないけれど……」  援助交際をやっていたのは高校生のとき。真面目にバイトに励むよりも、たくさん小遣い稼ぎができた。しかしだ、高校を卒業して10年以上経った私を、買ってくれる男っているんだろうか?  手の中に握りしめられたままになっているスマホをタップし、出会い系サイトを開いてみた。  ここから私の――遠藤綾香の運命が狂っていく。
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