一章   玉姫の森

9/34
前へ
/139ページ
次へ
 家臣達の落胆ぶりと我が身の辛さを省みた時、いったい今まで何のために戦ってきたのか、その人生の意義を失ってしまった為次は、以来武士を捨てた。  防御のみに徹した装備を残し、一族郎党農に生きる決心をした。元々が半農半武士のような山侍達だ、そのように心を決めてしまえば、その後はすこぶる平和な暮らしが続いた。とにかく山深く、目立った産物もなかった事も幸いしたのだろう。それ以後は、殊更干渉しようとする者も現れなかった。   嫡男は殺された。そして、落城の最後の時に姫が身を投げた崖の真下には小さな池ができた。以来その池は、深い緑色の水を湛えている。時に亀丸十五歳、玉姫十七歳の暑い夏だったという。   そして子供が一人でその崖に近づくと、玉姫の池に引き込まれるという言い伝えが残った。またその事は、村の年寄り達などは皆本気で信じている。祖父が覚えているだけでも、過去に三人の子供が引き込まれているというのだから、あながち迷信ではないのかもしれない。その事実があるために、光一の祖父はいつも真顔で注意するのだ。
/139ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加