一章   玉姫の森

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「光一、いいな。絶対に一人では玉姫神社に行っちゃなんねぇぞ。分がったな」 「うん、分かった」   そのように、しつこいほどに言われれば言われるほど、行きたくなるのが人情だ。分かったと返事はしたものの、光一はその日、そろりそろりと玉姫神社の石段を上っていた。山の中腹辺りにあるこの村の中でも、光一の祖父の家は一番高い場所にあった。家の脇の道を五十メートルほど山の方へ進むと村道は行き止まりになり、その右側の草むらから神社への参道が始まっている。   草むらに入るとすぐに石畳の道になり、石の鳥居があった。毎年新年を迎える度に新しい注連縄が飾られ、ここから先は神社の結界となる。   山をぐるりと巡るように石段は続いていた。緩い傾斜の山肌には朦々と草が生えていて、その上には沢山の雑木が覆い被さり、完璧な緑のトンネルを作っている。しかし石段周りの下草だけはいつも奇麗に刈り込まれていて、村人達がこの神社を大切にしていることが分かる。歩いていてとても気分がいい。沢山の蝉の声と、遠くに聞こえる小鳥のさえずり。そして歩く毎に、真上から射す太陽の光が、重なり合う分厚い葉っぱの層をすり抜けてきて、ちらちらと顔に当たる感じが気持ちいい。  自然石の長い石段は、脇の土手から浸みだしてくる水に所々が濡れていた。そして敷石を縁取るように、びっしりと緑色の苔が覆っている。ゆっくりと踏みしめながら昇っていくと、あちこちの石段の下にいくつもの小石が挟められているのに気がつく。長い間に傾いたりずり下がったりした石段を、修正した痕あとのようだ。この山里に暮らす村人達が、先祖代々こうして守ってきたのだと思うと、足を掛けるのにもちょっと慎重な気分になってくる。  参道は右へ右へと緩やかにカーブしながら上っている。そしてその所々に、自然石に大穴を穿(うが)ったような石が置かれていた。石の大きさはまちまちなのだが、形から見ると灯籠のようだ。注意して眺めると、カーブの山陰に入って見えなくなる寸前に、必ず次ぎの石灯籠が見えてくる。そのように設置されているのだろう。夜になって灯が点ったところを歩いてみたいと思った。
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