一章   玉姫の森

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「なぁ、遼一。どんな人だ? 男か? 女か? どんな服装をしている?」 「え? おにいちゃん・・・ もしかして見えないの? そんな、うそ? ほら、だってまだこっちを見ているでしょう? すぐそこだよ。判らないの? ピンク色の着物を着ているよ。和服っていうの? 奇麗な女の人だよ」    六年前にここで会った人だ。光一は間違いないと思った。 「行こう。お参りをするんだ」   光一は先に立って石の鳥居を潜った。並んで歩いている遼一は、灯籠の側を通るときもその方を見ていたから、きっとそこに立っているのだろう。光一には見えない。    山盛りのお賽銭の上に、ポケットから出した小銭を重ね、鈴を鳴らす。二拝二拍手一拝。遼一も脇に並んで同じようにしていた。   手を合わせたとき胸の中で、お久しぶりですと言った。そしてお参りが終わり振り向くと、その女ひとはいた。はっきりと見えた。すぐ目の前の石灯籠の脇に立ち、穏やかな笑顔で言った。 「ほんとうに、お久しぶりですね。お元気そうでなによりです」   紛れもない。あの時に聞いたあの柔らかな声と涼やかな眼差しだ。すぐに思い出した。細面にくねるような身体つきには、和服が似合っていた。やはりあの日ここで会ったのだ。あれは夢や幻ではなかった。本当のことだったと、今改めて思いを正した。 「何だ、おにいちゃん知ってる人なの? 見えてるじゃない。何なのさ、さっきのは。変なこと言うと思ったんだ」   遼一は小さな声で、光一の腰の辺りをこづきながら言っていた。そしてこんにちはと、大きな声で挨拶をした。 「こんにちは。遼一君ね。この村をゆっくり楽しんでいって下さいね」  とても嬉しそうな笑顔を見せて言っている。そして、こっくり頷くような仕草で、それじゃと言うと、石畳の道を石段の方へ向かって行った。二人は楚々と行くその後ろ姿に見とれながら見送っていた。   あれは玉姫だ。光一は確信した。小学生の時に会った玉姫と全く同じ姿に見えた。きっと、亡くなったときの十七歳のままなのだろうと思った。それは今の光一と同い年だった。
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