一章   玉姫の森

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 遼一(りょういち)はここまで登って来る途中でも、自分達より先を行く人の姿を見たというのだ。でも光一(こういち)は誰も見なかった。そして今も又、すぐそこに誰かがいて、こちらを見ていると言う。でも遼一が指差す方を見ても、光一には誰の姿も見えなかった。 「ほんとか? 本当に見えるんだな」   念を押しながら遼一の顔を見ると、本当に決まっているじゃないかというような顔で見返している。やはり、そこには誰かがいるのだろう。遼一には見えているのだ。   遼一の話にそれほど不信感を抱かず、すぐにそう思ったのには訳がある。それは昔光一が今の遼一と同じくらいの歳の頃に、やはり見えた事があったからだ。今その事を思い出した。でもその時には、後から考えてみるとだんだんと気のせいだったような気もしてきて、そのうちに忘れていた。でもやはり、あの時に自分が見たのは本当だったのかもしれない。遼一の真顔を見て、光一は今改めてそう思った。  三六〇度、どんなに首を巡らせても緑しかない。小高い山が幾つも重なり合うようにしてあり、七月も末近くともなると、山々はもう手がつけられないほどに草木を茂らせている。そんな深い緑の中に、こじんまりとした集落があった。   そもそも集落などというものは、大概は狭い一ヶ所に軒を近づけた形で一つの村を形成している場合が普通だと思うのだが、ここはそんな風にはなっていなかった。希にすぐ近くに隣家がある場所も見えるが、殆どの家はそれぞれ二・三〇メートルから五・六〇メートルほども離れている。それも、上下に随分高低のある形で家々が点在していた。   この辺りの地形は、山というよりも小さめの丘のようなものが、ぽこぽこと幾つも重なり合うような形になっている。その中の比較的なだらかな場所を選んで工夫しながら切り開き、村を作ったのだろう。家が建っている場所以外は、緩やかに、或いは急に、上ったり下ったりしながら遠い隣家と繋がっている。それでも何とか車が一台通れる程の道がつづら折りのようにあり、所々にすれ違うための待避場が設けられている。そして今はその道路さえも、上空に覆い被さる大量の枝葉が隠してしまっていた。
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