一章   玉姫の森

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 点在する家々のすぐ周りにも、楠や欅、そして柿、栗、杏子などが何本も植えられていて、それらの庭木も一様に見上げるような大木に育っている。そんなところからも、この集落の歴史の古さが感じとれる。   しかし、だからといって家々が全て茅葺(かやぶき)等の古めかしい造りになっている訳ではない。そのような年代物の家も数軒あるにはあるが、殆どの家は近頃の新しい造りになっていた。あまりにも老築化してしまい、建て替えざるを得なかったのだろう。その点、山間(やまあい)の里村は何処も同じようなものだ。  曲がりながら各戸を繋いでいる道路は、狭いながらもアスファルトの簡易舗装が為されていて、凡(およ)そ五十戸程に住む村人達が生活していくには、特に不便な事もないようだ。  道路のすぐ片側には緩い傾斜で山肌が続き、橡(とち)や楢(なら)、ほうの木などが多く生えている。そして、周りに天高く繁茂(はんも)している広葉樹の森の奥は、どんなに目を凝らしても何も見えない、真っ暗な緑の闇だ。   道幅も不揃いなその道筋は、それでも奇麗に下草が刈られていて、それは山際に並ぶ沢山の立木の裾(すそ)を巻くように、ずっと奥の方まで続いているように見える。近頃共同の草刈作業が為されたのだろう。今頃の季節は、刈っても刈っても一雨降るごとに雑草が伸びる。静かに、ぼうぼうと繁殖する緑の勢いは、人間等には止められない。   この村は母親の故郷であり、光一は子供の頃から、夏休みはこの村で過ごすことにしていた。ここにはどんなに熱い太陽の陽でも、やんわりと受け止めるたっぷりの緑があった。強烈な光の束は、分厚い緑の層を透過しながら細かい粒子に分裂して、キラキラと眩しく顔に降り注ぐ。深い緑が鬱蒼(うっそう)と地上を埋め尽くす、この村の夏の風景が大好きだった。  高校二年生になった今も、夏になるとつい来たくなる。小学生の時までは両親のどちらかが一緒に来ていたのだが、中学生になった頃からは、一緒の時もあったが一人だけで来ることも多くなった。 
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