一章   玉姫の森

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 光一は子供の頃、この神棚が怖かった。昼間でも周りが明るければ明るいほど、部屋の隅は闇のような暗がりを作る。昼間でさえ気味が悪いのに、夜になって明かりの消されたこの部屋で寝るときには、あの小さな社の格子の向こうからお化けが覗いているような感じがしてなかなか目が瞑れなかった。夜中にトイレに立つときなどは特に怖くて、とても一人でなんて行かれない。その都度、一緒に寝ている父や母を起こして行ったものだ。  しかし何もかもが昔のままに残っている訳ではなかった。例えば窓などは、窓枠ごとそっくりアルミサッシに変えられている。流石さすがに昔ながらの枝折戸(しおりど)では不便だったのだろう。  光一はその網戸をそっと開けて、遼一のカブト虫を捕るのを手伝ってやった。身体を掴つかむと、キューッという音を出した。鳴き声なんだろうか。網に足の爪が引っかかってなかなか離れない。敵も必死だ。左手で身体を掴み、右手で足を一本一本丁寧に外す。親指と人差し指と中指に、ぐにゅぐにゅと、虫の胴が動く強い感触が伝わってくる。   ようやく捕れたカブト虫を遼一に渡す。取り敢えず虫籠に入れたカブト虫に顔を近づけ、遼一はとても嬉しそうだ。去年の夏にも経験しているとはいえ、日頃はデパートの売場でしか見ることのない大きな獲物を、自然の中から捕らえたことに興奮しているようだ。そんな二人の様子を座卓の向こうで祖父母が楽しそうに見ている。 「ふふふ、都会の子めらにはさぞ珍しがっぺ。この辺りでは今頃の季節になれば、毎晩そうやって、カブト虫やらコガネ虫やらが家さ集まって来んだ。ずっと昔は今みだいに網戸なんて無がったがらな、いっつも家ン中さまで入ってきてなぁ、電気さブンブンブンブンまどわりづいで喧しがったもんだ。光一も、遼一ぐれぇの頃には、よぐ虫捕りやってだっけなぁ」   ぐい飲みを片手に持ちながら、祖父が懐かしそうに言う。 「んだない。そういえば、光一は蝉捕り名人だったよない。光一、明日遼一に蝉捕ってやれ」 
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