陸蒸気

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ピィィィーーー。 陸蒸気の甲高い笛。 そして、大きな衝撃とともに、車体を軋ませながら、陸蒸気はゆっくりと歩みを刻み始める。 その乗り心地は、お世辞にもいいとは言えない。 欧米列強に追い付け追い越せで作ったはいいが、こんなもの、早々に消え去るだろう。 お籠以上、馬未満。 少なくとも、人が乗るには不向きな乗り物だ。 それでも、半月ほど前に開業したばかりの新しい存在は、ひたすらに注目を浴びるようで、停車場の周りは見物人でごったがえしていた。 もっとも、法外ともいえる運賃のせいか、はたまた未知への恐怖か。 実際に乗車したのはほんの一握り。 かくいう僕も、父上の 「今日、父は忘れ物をするから、ヨコハマステイションを昼に出る汽車に乗って、シンバシステイションまで来なさい。 シンバシステイションで待ってるから」 と、いう予告された忘れ物がなければ乗ることはなかったろう。 自分が乗ればいいのに、そんな勇気はなく、子供をだしにして、ステイションに降り立った僕を、会社の人と出迎えて、自慢するのだ。 それのどこに自慢出来るところがあるのか疑問だが、言っても聞いてもらえないので言わない。
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