12人が本棚に入れています
本棚に追加
最近、上司が代わって、私は、小さな仕事だけど、任されるようになった。今日は、その相手との商談がまとまって、これから、意気揚々、会社に戻る途中だった。
晴れやかな気持ちとは裏腹に、今朝、ものすごく抜けるような青空だった空が、今や鉛色の雲に覆われて、暗くなっている。何時降りだしても、おかしくない状態だ。
「不味い不味い、今日は、傘ないのよ…。」
例のいつもバックに入ってるお気に入りの折り畳み傘が遂に壊れてしまった。だから、今日、新しいのを仕事終わりに、買いに行こうと予定を入れていたのに…これは、間に合わないな。
ポツポツと、降りだした雨は、一気に強くなった。
この公園を抜けないと、駅に辿り着けない。
必死に走るが、運悪く、何も遮るものがなくて、私は、めでたく濡れ鼠確定となった。
やっと見付けたのは、シャッターの閉まった売店。あの軒で兎に角凌ごうと、私が走り込むのと、向こうから走ってきた人が、軒下に駆け込むのが同時だった。
ホッと一息ついて、肩に掛かる雨を払う二人の視線が、一瞬絡まり、瞳に映る相手に気付いた。
「…本当、今日は最悪な1日だわ。」
「…本当、今日は最悪な1日だ。」
どちらからともなく言った言葉が、重なった。
「あの、こんな時に失礼とは思うんですが、私、あなたにどこかで会ったことがあるみたいなんですよね。」
「…あなたもですか?」
これは、既視感じゃない。
デジャヴなんて言わせない。
「はい。あれは…」
「こんな雨の日でした。」
「こんな雨の日だった。」
私の言葉に、彼の言葉が重なる。満足げに、ニッコリ笑いあう私達。
「俺との約束、覚えてますか?」
彼が、遠慮がちに、私に聞いた。
そんなの、忘れるはずないじゃない。あなたと、こんな風に、また出会える日を待っていたんだから。
「はい。…今度は、ちゃんと、お茶ご馳走してくださいね。」
「勿論ですよ。図々しいかもしれないけど…よかったら、今夜、夕飯、一緒に食べませんか?」
「私でよければ。」
こんな再会があるのなら、濡れ鼠も悪くない。この瞬間から、今日は、最低の1日なんかじゃなくなるわ。
雨足が、強くなったことなんか、私達には、もう関係ない。
雨宿りの軒下で、肩を引き寄せあう二人の影が重なった。
Fin.
最初のコメントを投稿しよう!