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『ねえ…俺と付き合ってよ。』
耳に残る佐倉君の少し寂しそうな、落ち着いた声。一夜明けても、それが私の記憶から色あせることはなく。
「はあ…。」
深くついた溜め息にポンって頭の上に手のひらが乗っかった。
「ごめんな~柚優ちゃん。之斗、急遽帰っちまって。」
ゆっきーが居ると思って来たバイト先には、店長一人だけで。帰ろうとしたら、「せっかく来たんだし、少し涼んでったらいいよ?」って引き止められた。
「あの…忙しいようなら、私も手伝いを…。」
「ん?柚優ちゃんはそこに居んだけで、役に立ってるから大丈夫。」
こ、ここに座ってるだけで??
レジカウンター前の動物たちがひしめくコーナー。そこに椅子を出してくれて座ってるんだけど…。
首を傾げたら、店長はフニャって柔らかい笑みを私に返す。
「…動物はさ、みんな正直なんだよ。
味方をちゃんと見極められんの、本能で。」
あごで促されて見た、目の前の光景。みんなそれぞれ、寝そべったり、ひもに戯れて遊んだり…。思い思い過ごしている。
「どう?」
「えっと…楽しそうですね、それぞれ。」
「だろ?みんなさ、柚優ちゃんの空気感じ取って、落ち着いてんだ、今。」
私の…空気?
再びキョトンと小首をかしげる私に店長はやっぱり柔らかく笑う。
「俺は柚優ちゃんの空気も言動も好きだし、マスコットみたいで、座ってくれてると嬉しい。
まあ…俺だけじゃないって思うけどね、そう思ってんのは。」
「ここに居る動物たち…ってことですか?」
「それもあるけどね?まあ…人間も動物の一部だっつー話。」
店長さんの奥深いブラウンの瞳が優しく揺れた。それを見ていたら、佐倉君の綺麗な揺れる琥珀色の瞳を思い出した。
空気…か。
もし、佐倉君が、私の空気が居心地がいいと思ってくれたのなら嬉しい。
それは…そうなんだけれど。
「でも、店長。より深く知ってしまったら、『何だ』『つまんない』って幻滅されるかもしれませんよね…。」
「ん~…まあ、そん時はそれまでの縁だったってことかもな。」
掃除をし始めた店長に視線をやりながら、ふうと少し深いため息をついた。
…佐倉君が言ってくれた事は、本当にその場で泣き崩れたいぐらい嬉しかったけど、すぐに返事が出来なかった。
だって、付き合うって事は、『嫌われる』可能性をたくさん秘めているわけで…佐倉君に嫌われるなんて、私、耐えられない、きっと。
…結局。ゆっきーに会えないまま後にしたペットショップ。
その後、しばらく水やりやうさぎ小屋の当番もなくて。
『まあ…さ?ゆっくり考えて?』
花火を見に行った日から佐倉君は音沙汰はなく、私からもなんて連絡していいかわからなくて、そのまま日が経っていってしまう。
日が経てばたつ程、声が聞きたい、あの笑顔に会いたいって思いが強くなっていってて、何度も何度も、スマホのメッセージ画面を開いたけれど、何て言っていいかわからなくて、また閉じる。そんな事を何度も繰り返していた。
夏休みも後2週間。
…明日からまた、水やりとうさぎ小屋の掃除当番だ。
汗ばんだ体に窓から入り込む夜風が気持ちよく吹き付ける。
連絡…してもいいかな、佐倉君に。私から連絡したら『来てくれ』って言ってるようなもんかな。
図々しいって思われたら嫌だけど、会えるかもしれないチャンスだし。
と、とりあえず、ゆっきー含めての3人トークの所に入れてみようかな…。
…よ、よし。
スマホをタップし始める指が緊張で少し震える。
『明日からまたうさぎ小屋と水やりの当番が始まります。
でも、暑いし、忙しいようだったら大丈夫だからね?』
…いや、これだとなんか、お知らせな上に、『私は大変でもやりますけどね』って言ってるように見えるよね。
『こんばんは!お久しぶりです。
明日、うさぎ小屋と水やり当番、来る?』
…別に二人が当番て訳じゃないし。
「あ~…もう。」
打っては消して打っては消して。応酬する事一時間。
『ねえ!明日からだったっけ?ゆずのうさぎ当番!』
ゆっきーからその画面にメッセが来た。
『うんそうだよ。』
『じゃあ、俺達も行く!みずやりもあるんでしょ?』
『バイトは?』
『午後からだから大丈夫!朝だよね?』
『うん』
バナナがやたら力を入れてる『了解』のスタンプがゆっきーから送られて来たと同時にもう一つ吹き出しが増える。
『りょーかい』
……佐倉君だ。
たった一言に気持ちがギューってこみ上げて思わず頬が緩んだ。
……会いたい。すごく、会いたい。
そのまま、またふうとため息をつく。
ゆっきーのおかげでこうして明日のやり取りは出来たけど…本当はこういう時、何て打てば正解だったんだろう…。
また、優しく笑う佐倉君を思い出して、鼓動が少し速くなる。
会いたい、けど……
『一緒にいてもよくわかんない。ちょっと無理だった。』
中学の頃に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
去っていくその背中と、言われた時のズキズキとした胸の痛みも。
私…佐倉君に絶対に嫌われたくない。
何を話して、どうすれば…嫌われずに済むんだろう…。
スマホを握る手が震えて、また、深く息を吐き出した。
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