一夏

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◇ 良く晴れた次の日の早朝。 学校に足を踏み入れてまず、園芸部の畑へと向かった。 入ってみたら、二つの人陰 あ、あれ…? 「おっはよ~!ゆず!残念!水浴び、終わっちゃった!」 「ったく…そりゃ、茂田センパイも文句言うわ。 なんで、こんなびしょぬれになんなきゃいけないんだよ、水やりで」 「いいじゃん!冷たくて気持ちいいんだからさ!」 「お前っ!かけんな、待てって!うわっ!」 「いっくよ~」と再び弧を描いて出て来たシャワーが佐倉君に降り注ぐ。 「あははっ!ナギ、水も滴るイイオトコ!」 「はあっ?!いいから、しまうよ。うさぎんとこも行くんだからさ…貸せよホース。」 「えーもう終わり…?っわっぷ!」 受け取ったホースから水が再び飛び出して、今度はゆっきーの顔に直撃する。 「あーごめん。水道間違えて捻ったわ。」 「てめっ!ナギ~!」 「あっ!こら、絡むな!危ないからっ!」 二人でホースの取り合いになって、吹き出し口の方向が定まらず、行ったり来たり… 「っ!ぶっ!」 あっけにとられて見てた私の頭から、思い切りその水が降り掛かった。 「あっ!ゆず!」 「あ~…ほらみろ。お前のせいだ。」 心配そうにこっちをみる二人。 何か…楽しい。 「ほんと!気持ちいいね、水浴び!」 「そうこなくっちゃ!いっくよ~!」 「あ~…柚優はもう。火に油そそいじゃって…。」 きらきらと農園の中を水しぶきが舞っていて、そこに久しぶりの佐倉君の笑顔が映し出される。 ゆっきーと絡み合って楽しそうにはしゃぐ彼に、切ない表情なんて何もなくて。 ああ…安心する。 そう思った。 そこから15分後、園芸部の作業着をお借りして、濡れた制服を園芸部の作業台に干してからうさぎ小屋に向かった。 掃除を終えて、うさぎにエサをあげ始めた頃、ゆっきーが「んーっ」と長い腕を空に向かって上げて伸びをする。 「…もうそろそろ乾いてるかな?俺、ちょっとみてくるね!」 そのまま園芸部の作業台の方へと消えてった。 「……。」 「……。」 …花火大会以来の二人きり。 「柚優…。」 不意に名前を呼ばれて、ドキンと強く鼓動が跳ねる。 ど、どうしよう…名前を呼ばれただけで、嬉しい。 「だからさ、ブライアンに食べられそうだって。」 え…? 指を握られて、膝元を見たら、ブライアンがもぐもぐ口を動かしながらこっちを見ていた。 「あ…。」 「言ってんじゃん。油断してると、指食われるよって。」 ふはって笑う表情に、キュッと胸が締め付けられて、視界が滲む。 え、笑顔見ただけで泣きそうになるとか…。 表情を悟られないように、指を引っ込めながら、慌てて目線をブライアンに戻した。 「…元気だった?」 「う、うん…。」 「そっか…。」 目の端にこっちを見てる佐倉君が映ってる。 少し…切なさを纏った、優しい笑顔。 …今、佐倉君が私と付き合いたいって思ってくれてるなら、このままの方がいいのかな。その方が嫌われなくて済むのかな。 嫌われないで済むなら私にとってもその方がいいのかな。そうすれば…こうやって今まで通り一緒にいられるのかな…。 “絶対に嫌われたくない。佐倉君に嫌われるのが怖い。けれど、一緒に居たい” …この気持ちを…どう伝えたらいいのかわからない。 でも、佐倉君に『考えて』と言われている以上何か、答えなきゃ。 何か言わなきゃいけないのに、何も言葉が浮かばなくて、不安な気持ちがむくむくと膨らみ、焦って余計に言葉が何も出ない。 …さ、佐倉君にこのままじゃ、呆れられて、嫌われてしまう…ど、どうしよう…何か喋らないと。 「たっだいま~!乾いてたよ服!」 「っ!ゆっきー!お帰り!」 反射的に、だと思う。 とにかく、この気まずい空気を払拭しなきゃと咄嗟に立ち上がって、ゆっきーに駆け寄った。 「うん…ってやべっ!服、着替えて来て、二人のは持ってくんの忘れた!」 「だ、大丈夫!ありがとう、乾いたの教えてくれて。」 「ごめんね。俺、一番背が高いし、もっかい行ってとってくるわ。」 「えっ!?い、いいよ!わ、私が行くから!あの…二人でここで待ってて?」 もう一回行こうとしたゆっきーを必死で引き止めたら、佐倉君がふうってため息をついた。 「…いいよ之斗。自分でとってくるから。つか、俺、そのまま帰るわ。」 うさぎ小屋の入り口近くの台に置いてあった、リュックを背負い、私とゆっきーの横をスッと通り抜ける。 「え?!ナギ、なんで?!」 慌ててるゆっきーに背中を向けたまま、ひらひらとその手を振って去っていった。 「…何かあった?」 その様子にゆっきーが私の方を見て苦笑い。 「とりあえず、座る?」って、うさぎ小屋前の階段下に座った。 私も横に並んで座る。 「あ、あの…ね。さ、佐倉君に『付き合って』って言われたの。」 「マジで?!そっか、やったじゃん!」 「で、でも…その…つ、付き合っていいのかな…って。」 「…何で?」 「もし、付き合って今よりもっと一緒に居たら…嫌われるかもしれないから。」 「え~…?!それで断っちゃうの?そんなのナギがかわいそうじゃない?両想いなのにさ。」 「で、でも…。」 「…あのさ。この前からちょっと俺思ってたんだけど ゆずって凄く嫌われる事を気にするよね。」 ゆっきーの言葉に、少し心がぎゅっと痛む。 おしゃべりが下手くそで、何を喋って良いか分からなくて。一生懸命考えているうちに、時間が過ぎていっちゃって結局無言の時間ばかりが重なる。それなのにある日突然、勢いよく変なこと言い出したり。 興味を持って話しかけてきてくれても、そんな風だから“去って行く” 『よくわからない』って。 「…付き合うって事は。一緒に居る時間が増えるから。わ、私…嫌われないようにするために、何を話して良いかわからないし…。」 ゆっきーが、黒目がちな目を瞬きさせて少し小首をかしげる。 「ゆずって誰かと付き合った事あんの?」 「付き合った…って言っても、1ヶ月くらいだけだけど。中学の時に、『好きだから付き合ってください』って言われて。でも1ヶ月後位に、『一緒にいてもよくわかんない。ちょっと無理だった。』って…フラれたことはある。」 「そう…なんだ…。」 「…もし、同じような事を佐倉君に言われて嫌われたら、私…耐えられない。どうしても…嫌われたくない…佐倉君には。」 ゆっきーが「そっかー…」とうさぎ達に目をやると、お庭を跳ね回っていた何匹かのうさぎが、私達の所にやってきた。 .
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