一夏

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◇ 佐倉君に再会した次の日の昨日は一人で水やりをした。 …それが前は当たり前だったのに、あまり『楽しい』って思えなくて。だけど、佐倉君と一緒に水やりをやるなんて…もう無理だから。 佐倉君の色を持たない表情と突き刺さる視線を思い出し、また目頭が熱くなり視界がぼやけた。 全部私が悪いんだもん。 佐倉君を傷付けた。 謝らないといけないのはわかっているけど…昨日みたいに拒絶をされるとわかっていて、話す勇気が持てない…。 昨日と同じ。 まだ日が昇りかけている時間に足を踏み入れた学校。 「…おはよう。つか、早すぎない? 俺、昨日遅くまでゲームしてたから、ほぼ徹夜なんだけど。」 う、うそ…。 「さ、佐倉く…。」 「あ~…眠い。」 佐倉君は、農園の入口にもたれていた体を起こし、スタスタ歩いて私の前に来て、少し眠そうな目でニコって微笑む。そのままコテンと、私の肩におでこをつけた。 「…一昨日はごめん。話聞かなくて。」 ドキンと大きく鼓動が跳ねて逃げ腰になった身体。両腕が腰に回ってきてグイッと引き寄せられる。 「俺はさ。柚優が好き、それだけ。」 くぐもった声が耳元をかすめて、それに反応して、目頭が熱くなって 「だから、教えて欲しい。柚優の考えてる事、ちゃんと。」 ポタン…って涙が落ちた。 思わず少し丸まってる背中に回した手。そのまま、ギュッて彼のTシャツを握りしめた。 「わ、私は…。」 「うん。」 「さ、佐倉君が…好き。」 「…うん。」 「だから、付き合って、今よりもっと一緒に居るようになって、佐倉君に嫌われるのが怖くて…こ、このままの方が良いのかなって…。」 「………。」 …あ、あれ? 反応が無くなった…。 「あ、あの…佐倉君?」 「…確認なんだけど、柚優は俺に嫌われたくないんだよね。」 「うん…。」 「………。」 な、何だろう…相変わらずおでこは肩に乗ってて、抱き寄せてはくれてるけど… なんていうか、微妙な空気になった感じが…… 「さ、佐倉君…?」 私の問いかけに、「や、うん…」と少し返事をする。 「柚優。」 「な、何…?」 「…却下。」 「え…?」 「そんな理由で柚優と付き合えないなんて俺はごめんなんだけど。 確かに、嫌な部分知って、嫌いになる可能性なんてあるに決まってんだよ。 そんなの、友達関係だって一緒でしょ?」 「そ、それは…そうだけど…。」 「だいたいさ、矛盾してない?言う事とやる事が。 俺に嫌われたくない人が、よくもまあ、あれだけあからさまに避けたよね。」 「そ、それは…あの…だって…。」 「だって何?」 「わ、わからなかったから…その…ど、どうしていいか。」 「ああ、分からなかったから、誰かさんとお手て繋いだんだ。」 誰か…さん……? 「だ、誰……?」 「………。」 私の答えを待つ佐倉君は無言で。どうしようって焦りが生じたら思い出したこと。 『ナギともっと手を繋ぎたいと思わない?』 あ……。 「えっと…その…」 で、でも待って…。 何で佐倉君が知ってる…の? 「いや、そんなね?気にしてないけどね?まあ…それが原因で俺がやさぐれたーなんて言わないしね?」 …もしかして、あの場面を見てて…あの拒絶だった…って…こと…? 「あれは…違う…」 「柚優はゆっきーのこと大好きだもんね。ゆっきーのこといっつも気にして、一緒にいると嬉しそうだし、楽しそうだし。」 「そ、それは…そうだけど…」 「………。」 佐倉君の腕がより私を強く引き寄せる。相変らず…おでこは私の肩につけたまま、また無言に戻ってしまった。 どう…しよう。 でも 『ちゃんと教えて。』 こうやって私が話すのを待ってくれてる。だから、私も、下手くそでもちゃんと話をしないと。 佐倉君のシャツを握っている手に改めて力を込めた。 「あ、あの…ね?わ、私は…ゆっきーのことも佐倉君のことも、本当に好き。 だけど…その… ゆっきーは、友達だから気になるし、好き。 佐倉君は、す、好きな人だから気になるし、好き。」 「……どもった。」 「き、緊張してるから!」 肩に乗せてる佐倉君のおでこがクッと笑う声とともにふわりと離れた。綺麗で優しい琥珀色の瞳と目線がぶつかったと思ったら、視線を外す前に、おでこ同士をコツンとつけられ、抱き寄せ直された。 「…大丈夫だと思うけど。」 「な、何が…。」 「や、柚優がね?月光堂のプリンより、佐倉君が好き!ってなっても」 くふふって楽しそうに笑う佐倉君の吐息が少し鼻先をくすぐる。 「おとなしく俺の彼女になんなよ。ウジウジ考えてないでさ。俺が大丈夫って言ってるんだから大丈夫だってば。」 三度シャツを握り締める。 「…最初に言ったでしょ。俺は柚優が好きってそれだけ。だから、一緒に居てよ。」 目頭が熱くなって、視界がぼやけた。 「さ、佐倉君…。」 「んー?」 「…ごめんなさい。話すの下手くそで。焦って避けたりして…。」 頬を伝う涙をそのままに、一度口を真一文字にぎゅっと締めてから開いた。 「佐倉君と…もっと一緒に居たい。」 互いの吐息が混ざり合う距離にどうしたら良いかわからなくて、視線を伏せたら、クスっと笑い声が振って来た。佐倉君の丸っこい右掌がフワリと頬を覆う。 「…柚優。」 「は、はい…」 「キス、して良いよね。」 鼓動が一気に強く跳ねたと同時に伏せがちにしていたまぶたをパチリと開き、おでこを離して、佐倉君を見る。 佐倉君はそんな私に、唇の両端をキュッと上げて得意気な笑顔をして見せた。 「嫌とは言わせないよ? 柚優が言ったんでしょ?『気持ちが通じ合うまで我慢しろ』って。」 『次に思いが通じ合った時の為にとっておいた方がいいと思う』 ………あ。 「…偉かったでしょ?ちゃんと守って。」 優しく柔らかい笑顔に、また頰が熱くなる。…目頭も一緒に。 佐倉君の丸っこい右の親指が頰をスリッと撫でてそのまま目尻を辿って。 次の瞬間、唇同士がふわりと触れ合った。
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