一夏

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◇ 「おっ!柚優ちゃんいらっしゃい。」 二人で訪れた、ゆっきーのバイト先 「何で手を繋いで…」 不服そうに、店長さんが口を尖らせてから、「ああ!」と閃いた様にぽんっと手を叩いた。 「君が佐倉か!」 「…そう言うおじさんは誰ですか。」 「俺か?俺はこの店の主。」 「ふ~ん…で?之斗は?」 「…お前、半端無く興味なさそうだな。」 「この店の店長のおじさんでしょ?ちゃんと聞いてます。」 「おっ!聞いてるか、偉いぞ!」 「お前、可愛い顔してんなあ」って顔をふにゃっとさせて笑う店長さんに「話が進まないんだけど」って眉を下げる佐倉君。なんだか二人の掛け合いが面白くて、笑いながらふと店内を見渡したら『うなちゃん』が居ない事に気がついた。 「…あれ?店長さん…うなちゃん…」 「おお、之斗が今、連れてってる」 「飼い主見つかったの?うなちゃん。」 佐倉君がへーッと感心した様に聞くと、店長さんは嬉しそうに笑う。 「…あれは商品じゃねーんだよ。ちょっと之斗が預かってたんだ。ある人からね。」 商品じゃ…ない? 思わず、首を傾げて佐倉君と顔を合わせた。 「…とりあえず、あの人はうなちゃんとデートしてるって事だ。」 「まあ、そんなとこだ。っつーわけで、店番、頼む!」 「はあっ?!何でだよ!」 「何でって…ここ涼しいし…ほら、客も大して来ねーから、二人でイチャイチャできるぞ!」 「…イチャイチャって。いつの時代の言葉ですか。聞いてて恥ずかしいわ。」 「つーわけで、俺は寝る。」 「いや、普通におじさんが働いてください。」 ポンポンと言葉の応酬が繰り広げられるのを目の前にポカンとしてしまう。 何だろう…すごく仲良し? 初対面だよね…? 二人のやり取りをただ見守ってたら、店長さんが私に柔らかく笑った。 「…良かったね、柚優ちゃん。」 店長さん…色々察してくれてたのかな、もしかして。 「…店番、してやるから、奥でゆっくり眠んなよ。」 「おっ!マジか!ありがとう!」 嬉しそうに、また店の奥へと入っていく店長が、少し振り返った。 「…大事にすんだぞ。」 そのブラウン色の奥深い瞳が揺れてる気がする。キラキラと光る目は細く、目尻にシワが出来ていて…とても優しい笑顔。 「出会いなんてな、一期一会。タイミングが噛み合わなきゃ、今のこの瞬間はねーんだ。」 少し猫背なその背中が消えたドアを何となく見ていたら、佐倉君がギュウって繋いでる掌に力を入れて、私を少し引っ張った。 「…とりあえず、之斗が戻るまで店番します?」 「う、うん…出来るかな…。」 「いいんだよ。店番なんて口実なんだから。」 「え…?」 レジカウンターに回った途端、強く引き寄せられて、反動でよろけたら佐倉君の腕に包まれる。 「…あんなおじさんに言われなくてもね、俺は大事にしてるよ?これでも。」 ポソリと呟いた言葉にギュウって胸が締め付けられた。 うん…そうだね。 ずっと、佐倉君は私を優しさで包んでくれていたもん。 「佐倉君、ありがとう…。」 「ヤダ。」 や、ヤダ…? 「俺が聞きたいのは礼じゃないよ? だいたい、礼を言われる事なんてしてないもん。」 「だ、だって、佐倉君ずっと優しかったから…。」 「そんなのね、柚優が好きだから優しくすんだよ。」 「そ、そんな事ない!佐倉君はみんなに優しいよ! 私…知ってる!先生とか、友達とか、困ってる人助けてるの何度も見かけてた…。」 思わず熱く喋ってしまって、そうしたら佐倉君の目が見開いて琥珀色瞳がより一層輝いたから、そこでマズい事を言っちゃったって気が付いた。 し、しまった…。こ、これじゃあ、前から私が佐倉君を見ていたって…ば、バレ… 「…俺の事知ってたんだ。」 …ほら、バレた。 どうしようとパニックになり始めているのに、佐倉君は容赦ない。 逃げ腰になった私を更に強引に引き寄せ直して、おでこ同士をコツンとつけた。 「ち、違うの…あの…さ、佐倉君てめ、目立つから…。」 ああ…どうしよう…。 「ねえ、あの雨の日、俺だから話しかけたの?」 「そ、それは…」 「俺だから話しかけたんだよね?そうでしょ?」 「……。」 「…もう一回キスするけど。『そうです』って答えないと。」 ああ…もう逃げられない。 「あ、あの…そ、そう…んんっ」 頭を思い切り引き寄せられてそのまま唇が重なる。 さっきとは違う、少し乱暴なキスに、息苦しさを覚えたらまたおでこ同士をくっつけられた。 「あ〜もう…」 あまりにも近くにいるので、佐倉君の表情はよくわからない。 ただ、何でか、困惑しているような空気。 「…柚優はうさぎ以外も動物が好き?」 「え?うん…」 「ふーん…そっか。じゃあ、夏休み終わる前にどっか行ってみる?」 「っ!う、うん…!」 「…大丈夫だって、話のネタは俺が考えてくるから。」 「っ?!」 も、もしや花火の日のうなちゃんの話、ゆっきーに聞いて用意したって知ってた… 「あああの…、ほらだって…佐倉君と二人でお出かけ初めてだったから…」 「……。」 「……小ネタの用意を。」 私の言葉に、佐倉君がククッと楽しげに笑う。 「…無性に柚優とカピバラを対面させたくなってきた。」 「そ、そう…?」 「うん。決定。カピバラに会いに行くよ。」 「…わかった。」 私の返事の後、スッと離れた体。 店内の冷気で冷やされて一瞬寒さを感じたけれど、唇の両端をキュッと上げて柔らかく笑う佐倉君の表情にすぐに熱さを取り戻す。 『大事にすんだぞ』 不意に店長さんの言葉が脳裏を掠めた。 …佐倉君とこれからどの位、変わりゆく季節を見る事が出来るのかはわからないけど、佐倉君にあの場所で出会って、そして、過ごした初めての夏は、今年だけ。 佐倉君の笑顔に会えるたびに、高鳴る鼓動と上昇する体温。 何もかもがキラキラ輝いて見えた、初めての夏。 佐倉君…やっぱり、『ありがとう』だよ。 私に、こんなにキラキラした輝きを見せてくれて。 佐倉君の手が伸びてきて、指が私の髪に差し込まれ、重ねた唇。 「ただいま…ってちょっと、ちょっと!」ってゆっきーの声が重なった。 .
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