一夏

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◇ 『自惚れないで!』 …一体、あの子は誰だったんだろう。 俺の通学路から少し遠回りをした所にある川沿いのベンチ。雨が降りしきる中、そこに座り、ただぼーっと川の流れを見ていた昨日。 差し出された傘に、どう考えても今更じゃない?ってせせら笑ったらいきなり怒り出して、しかも…表現が独特で。正直面食らった。 ウチの学校の制服着て、髪を一つに後ろで束ねてて。リボンが黄色だったから、同級生って事は一目瞭然で。 『雨はあなたを濡らす為に降ってるわけじゃありません!』って…。そんな怒りかた初めて聞いたわ、ってちょっと興味が沸いた。 …あんな変わった子居たかな。 とりあえず、初めて見た気がするから、A組のうちのクラスに居ないのは確かで。 昨日の雨から一辺、ムカつく程晴れた今日。 「探してみよっかな。」ってほんの軽い気持ちで休み時間ごとに他のクラスを回ってみたけれど、一向にそれらしき影カタチがみつからない。 …半日経っても手掛かりもゼロ。 「あ~…もう。」 昼休み、中庭でダレてたら同じクラスの拓海と昴が偶然通りかかった。 「あれ?ナギ。めずらしいじゃん、こんなとこで。何してんの?」 「あ、ほんとだ。何、次サボり?」 「…人探し…だったけどもうやだ、もう疲れた。大体、全クラス見て居ないってどう言う事だよ…」 「や、ちょっ、ちょっとナギ…?」 ムスッと明かに不機嫌の色を出した俺に昴が慌て出して、そこに苦笑いで拓海が割って入った。 「何、誰を探してんの?」 「変わった子。生徒会に居る拓海なら、わかるはず。教えて。」 「…や、ごめん。生徒会だからわかるもんでもないと思うけど。つか、もうちょい情報くれる?」 「ウチの学校の同じ2年生。女子。一つ結び。」 「該当者が多過ぎんだろ、それ。」 昴も苦笑い。そうだよ、だから、俺だってわざわざ各クラス、朝から回ってさ…。 ベンチの上に胡座をかいて、ムスッとしながら溜息ついたら、二人して一回顔を見合わせてから、こっちを向いた…は、良いけど。全く同じニヤケ顔なんだけど。 「…何だよ。」 「いや?ナギにしては珍しく執着してんなって思っただけ。」 「そう、珍しいなって。」 執着…してんのかな? もう一回、話してみたいって思っただけなんだけど。 まあでもね。 そもそも、タオルも傘も返さなくて良いって言われたんだから、そんなに必死こいて探す必要もないんだよ、考えてみたら。 別に、会って礼を言うつもりも無いし、あんな土砂降りん中、何であんな所でぼーっとしてたのかなんて言い訳する気もさらさらないし。 あほらしっ。 もうやめよ…。 胡座を崩してベンチから降りたタイミングで「あ、そういやさ…」と拓海が何かを思い出した様に呟いた。 「何?」 「ああ…その子かどうかはわかんねーんだけど、『変わった子』については思い当たる事があったなーって。」 「おっ!さすがは拓海。次期生徒会長候補と言われているだけの事はある。」 昴が面白そうに相槌を打ったら、拓海は嬉しそうに少し眉を下げた。 「ほら、之斗。」 「之斗…って、之斗?」 「そう。俺らがよーく知ってる、B組の相澤之斗。 あいつの知り合いっつーか…あいつ曰く『うさぎ仲間』らしいんだけど。 その女の子がさ、ちょっと変わってるっつーか…うさぎが大好きで、毎日世話をかって出てるらしくて。之斗の事も『ゆっきー』とか呼んでるらしいよ?唯一。」 そっか、之斗は動物が好きで、入学式当日に職員室に押しかけて「うさぎ当番を優先的にやらせてもらう為にはどうしたらいいですか!」って直談判に行ったって鼻息荒くして言ってたよね。 そもそも、「この学校は、数少ない、動物飼育をやっている学校だから受験したんだ!」って笑ってたし。 その後、ペットショップでバイトも始めたんだったよね、ボランティアさんとの縁で。 そんな之斗と“うさぎ仲間”…か。 「拓海ありがとう!」 踵を返すと、B組に向かって走り出す。 昼休みのうちに、確認しておきたいよな…。そうすりゃ放課後捕まえられる可能性高いし。 「之斗!」 「お!ナギ、何?もしかして、宿題見せろとか?ダメダメ、自分でやらなきゃ。」 「お前に借りる程、俺の成績落ちぶれてねーわ。」 「何だとー!」 之斗が長身のスラッとした身体を壁から起こすと、俺の肩を捕らえようと長い腕を俺めがけて伸ばす。 「ちょ、待ってよ。聞きたい事があんだよ。」 慌ててそう言ったら、俺に絡みつこうとしていた腕がぴくりと止まる。 「聞きたい事?」 「そう、お前と一緒にうさぎ当番をよくしてる子…居ると思うんだけど。」 之斗が黒目がちな目をぱちくりとさせながら「ああ…」と呟いた。 「…D組の松下柚優のこと?」 D組…“まつしたゆずゆ”。なるほど。 でも、さっき行った時は居なかったけどな…。 「ねえ、その子、一つ結び?」 「う~ん、そう言う日が多いかな…。」 「どんな子?」 「えー…そうだな…何かね、言う事が変わってて面白い時があってさ。基本は真面目って感じ?」 言う事が変わってる…ビンゴかな、これ。 「そう言えば今日、見かけてないかも。 昼休みはいつも、うさぎ小屋にいるんだけどね。もしかしたら、別用が入ってたのかもね。 校舎の裏手にある、園芸部の畑。あそこの水やりもやってるから、ゆずは。」 …『ゆず』 サラッと言ったな、之斗。 「ねえ、之斗はさ、親しいの?その…“まつしたゆずゆ”と。」 「ん~…まあ、うさぎ小屋でよく会ってるしね。」 何故か何となくモヤッとした感情が生まれた。 「ふーん、あっそう。」 「あっ!拗ねんなって。」 「ち、違っ…ちょ、やめ、絡むな!」 「ナギー!安心しなよ。俺はナギ一筋!」 「はっ?!余計嫌なんですけど!」 ふざけて腕を俺の肩にわざと絡ませてくる之斗を懸命に振り切ってたら、教えてくれた事。 「放課後は来ると思うよ。ゆずは絶対サボらないから、お世話。」 之斗の言葉に、会えると期待が膨らむ。 落ち着かないまま午後の授業を受けて迎えた放課後。ホームルームが終わった途端にダッシュで教室を飛び出してた。 …けれど。 待てど、暮らせど、ウサギ小屋に誰も現れる気配は無くて。 結局もう、夕方。 一応、畑と温室の方も見てみる?って行ってみたけど、それらしき人はいなくて。 帰ろっかなとも思ったけど、未練がましくもう一回だけ行ってみたウサギ小屋。 小屋を囲ってるフェンスの内側に、一人の女の子がしゃがんでた。 思わず緩む頬。 ……見つけた。 .
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