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◇
うさぎ小屋は、学校の校舎と直結していて、冷暖房完備になっている。
『うさぎは温度管理が大切だからね』と風岡さんが言っていた。
小屋自体はそんなに大きくはないけれど、卒業生がうさぎ小屋とそこから出たところの『うさぎ専用のお庭』を構想したと聞いたことがある。
小屋やお庭は土でできていて、うさぎ達が穴を掘りたければ掘れる様にはなっている。けれど脱走はできないようになっている。
自然の風で換気もできるけれど、隙間風などがうさぎに直接当たらないように設計されていて…言うなれば、徹底的に管理され、計算されたうさぎのためのお部屋といった感じだ。
確か、風岡さんのお知り合いの獣医さんだとか、その卒業生。
…そんな事を思い出しながら、何とかたどり着いた、学校。そしてうさぎ小屋。作業着を着てウサギに風邪が移らない様に、マスクをして中に入る。掃除をしてお水とエサを取り替えて、ほっと一息ついた。
…良かった、みんな元気そうだね。
そのまま小屋を出た…は良いけれど。
うう…足がふらつく。
息も、何だか苦しい。
疲れた…なあ…
小屋を囲うフェンスの内側でフェンスを背もたれにしてしゃがみ込み、暫く美味しそうにエサを食べるウサギをぼーっと見ていた。
「へー…こう見ると、ウサギって結構活発なんだね。」
耳元で、声が聞こえる…?
あれ?でも、ゆっきーはバイトって言ってたし…。
どことなく、虚な意識の中、振り返ったそこには、ゆっきーよりだいぶ小柄で華奢な可愛い顔の持ち主。
さ、佐倉君?!
「どうも。」
フェンスを挟んで、隣にしゃがみ込み、私の反応に面白そうに口角をキュッと上げている…けど。
「…っ!」
私にとってはあまりにも予期していない人の登場に、驚いてバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「ちょ…大丈夫?!」
ああ、最悪。
こんな所をよりによって、佐倉君に見られるなんて。
「大…丈夫」
頭がクラクラして、体が重い。
すぐ起き上がらないといけないのに、起き上がれない。
ど、どうしよう…
焦っていたら、佐倉君がお庭の中に入ってくる。目の前にその掌が伸びて来て、腕をグイッて引っ張られた。
その反動で立てたはいいけれど、今度はそのまま前につんのめって、佐倉君に身体が倒れ込んだ。
「っ!ご、ごめ!」
本当に最悪…身体がふらついて言うこと聞いてくれない。
慌てて離れて目線を下に向けていたら、佐倉君が怪訝な顔をして小首を傾げ、私の顔を覗き込む。
「…ねえ、身体、熱くない?」
「そ、掃除したから、暑いかも…」
「いや、絶対熱あるでしょ。」
今度はおでこに佐倉君の掌が触れた。
ま、待って?!
掌がおでこに?!
ただでさえ、熱があってぼーっとしてるのに…
“佐倉君の掌が私のおでこに触れている”
ああ…気絶しそう。
ボヤける視界の向こう側で、佐倉君が眉間に皺を寄せているのが何となくわかる。
「…熱、あるよね。」
「へ、平気、そんなにないから…」
「昨日土砂降りだったもんね。傘なきゃ、ずぶ濡れだよね。」
「ち、違います…ち、知恵熱みたいなもので。き、昨日のせいじゃ…っ!」
いきなりギュウッて握られた手…って、え?!
「帰ろ。家まで送る。」
う、うそでしょ…佐倉君と手を…繋いでる。
私、熱が上がって夢を見ちゃってる、とか?
「ほら、行くよ。荷物これだけ?」
作業着を脱いで、ウサギ小屋の鍵を締めてから学校の門まで出る。
「家どこ?あの川沿い?」
「もう少し上流に行った所…」
「りょーかい。行くよ。」
手を握ったまま私を若干引っ張って歩く佐倉君。
「あ、あの…」
「大通の所にあるコンビニの駐車場でタクシー呼ぶから」
「え?!あ、歩いて帰るから…。一人で帰れるし…」
「何バカなこと言ってんの?こんなふらふらで歩いてたら、その辺で倒れるから、絶対。」
コンビニの駐車場に着くと、本当に佐倉君はタクシーを呼び「ほら、つべこべ言わずに乗る!」と、私を後部座席に押し込めて、自分も乗り込んだ。
…家族以外とタクシーなんて初めて乗った。
高校生だけでタクシーに乗るとか…どう思うんだろう、運転手さんは。
そう思っていたけれど、チラリと後ろをバックミラーで見たタクシー運転手さん。けれど、そのまま「どちらまでですか?」とにこやかに言い、出発してくれた。
ほっと一息ついたからだろうか、余計に頭がぼーっとして、身体が熱くなる。
不意に佐倉君が私の左腕を引っ張ったら、そのまま佐倉君の肩に身体がもたれかかってしまった。
「っ!ご、ごめ…」
慌てて体勢を起こそうとしたら、肩を抱き寄せられて、固定される。
「そのまま、もたれてなって。すげー辛そうじゃん。」
私と佐倉君のやりとりにより、再びバックミラーで後ろを気にした運転手さん。
「身体が寒くないのであれば、それぞれの窓を少しずつ開けましょうか。すっきりとするかもしれません。」
信号待ちの間にそう言って「その方が良さそうだね、お願いします。」と言った佐倉君の答えにより、4つの窓を少しずつ開けてくれた。
あ…風が気持ちイイ。
佐倉君の肩に頭を乗せたまま感じた夕方の風。
熱くなった頬を掠めていくその感触に思わず目を閉じた。
何か…幸せ、かも。
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