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「俺は絶対に別れないと言ったんだ」
「え⁉」
「その子も俺が一緒に育てるから結婚しようって。だけど、加奈は首を横に振った。そんなことは出来ないって」
「だって! どうして? あなたの子じゃないのに。私はあなたを裏切ったのに」
「愛してるから。何があってもおまえを離さないと誓ったから。俺がそう言ったら、加奈はガクンと膝を折って倒れたんだ」
「裏切られたんだから、嫌いになって当然なのに。憎んで当たり前なのに」
私の目から熱いものが溢れた。
「俺の愛はそんな軽いものじゃない。でも、加奈が記憶を失くしたとわかって、色々嘘を吐いた。ごめん。加奈が俺と愛し合っていた日々の記憶を失くしたことは寂しかったけど、橋浦のことを忘れたのは好都合だった。加奈とこのまま元の恋人同士に戻れると思ったんだ。だから俺は……加奈の記憶が戻ることを恐れていた」
「圭さんはこれでいいんですか? こんな私と結婚してしまって。他の男の子どもを育てていく人生で」
「これがいいんだ。加奈を誰よりも愛しているし、加奈の子どもを愛せないわけがない」
毎日、私のおなかに「ジュニア」と呼びかける優しい顔を思い出した。
圭さんはすでに十分お腹の子のことを愛してくれている。それは痛いほど伝わって来ていた。
「私はどうすればいいの?」
途方に暮れた私は圭さんを見上げた。
「俺と一緒にいてくれ。記憶が戻っても、このまま戻らなくても。いつか必ず俺のことをまた好きにさせてみせるから」
圭さんの瞳が切なく揺れて、私は圭さんの気持ちに初めて気づいた。
「圭さん。私は妊娠がわかっても優斗さんとは結婚しないと断ったそうです。圭さんを愛しているからと。だから、記憶が戻っても戻らなくても、私はずっと圭さんを愛してます」
「え? じゃあ、今も?」
「許されるものなら、圭さんのそばにいたいです」
初めて重ねられた唇はとても熱かった。
私の罪は消えないけど、逃げてまた圭さんを傷つけるぐらいなら一緒にいたい。
暗い森の中でも、この胸の想いがきっと周りを照らし出してくれる。
「やっと加奈に触れられる」
私を求めてくれる圭さんの熱情があれば、私はもう迷わない。
たとえ記憶が戻ったとしても。
END
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