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つわりは個人差が大きいと聞く。私は結構重くて、何も食べられなくなった。
つわりのため入院中の私の前に、その男の人は突然現われた。
いきなり抱きしめられて、感じたのは戸惑いと恐怖。
「加奈? 俺がわからないのか? 優斗だよ。橋浦優斗。幼馴染の」
苦しそうに顔を歪めながら話すその人は、とても痩せていた。
彼は私の母からこの病院のことを聞いたらしい。
半信半疑の私はすぐに母に電話を掛けた。
「優斗を見ても思い出せなかったんだね」
母はがっかりしたようにため息を吐いた。
「優斗に会ったら記憶が戻るかと思ったのに。あんたたちは本当に仲良かったから。あんたが川で溺れたときに優斗は飛び込んで助けてくれたんだよ。思い出せない?」
「それ、いくつの時ですか?」
「あんたが6歳で優斗が12歳の時だよ。優ちゃんは私の命の恩人だっていつも言ってたのに」
電話を切ってから、優斗さんに椅子を勧めた。
「本当に幼馴染だったんですね。命の恩人だって」
「うん。つわりが酷いんだって?」
「昨日まで点滴に繋がれていたんですけど、今日は嘘みたいに調子がいいんです」
心配そうに見つめる優斗さんに微笑んだ。
昨日まではもう一生笑顔になんてなれないんじゃないかと思うぐらい辛かったのに。
看護師さんも退院を口にしていたから、予定より早く家に帰れるかもしれない。
早く家に帰りたい。圭さんは毎日顔を見に来てくれるけど、そんな風に圭さんの重荷にはなりたくなかった。
外で働けない分、家事をしっかりやって少しでも圭さんの役に立ちたい。
圭さんのことを想って胸を熱くしていた私を、優斗さんはたった一言で凍りつかせた。
「加奈が俺たちの子をちゃんとおなかの中で育んでいてくれて嬉しいよ。ありがとう」
「え?」
私の手から持っていたタオルがパサリと落ちた。
「加奈に恋人が出来たと知っても、俺はどうしても加奈を諦められなかった。加奈を困らせているとわかっていたのに、苦しくなるたびに加奈を呼んで甘えていた」
怪訝な顔の私に優斗さんは胸元の痛々しい手術跡を見せた。
「俺の心臓はもう長くは持たない」
「そんな……」
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