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「死ぬ前に想いを遂げたい。生きた証を残したい。俺は加奈にそう懇願したんだ。優しい加奈が命の恩人の頼みを断れないと知っていて縋った。加奈は最後まで迷っていた。それを押し切るように俺は加奈を抱いたんだ」
涙が溢れた。知りたくなかった。そんな真実は。
私はやっぱり圭さんを裏切っていた。圭さんのそばにいてはいけない人間だったんだ。
「私は……どうするつもりだったんですか? 圭さんを騙して、圭さんの子として産み育てるつもりだったんですか?」
私の問いに優斗さんは目を丸くした。
「まさか! 加奈はもう向井とは一緒にいられないから別れると言っていた。カナダから帰ってきたら、ちゃんと話すと」
「え? ……じゃあ、優斗さんと家族になろうとしていたんでしょうか?」
優斗さんの子どもを産む覚悟で抱かれたのなら、それが自然だ。
圭さんとは別れて、優斗さんと結婚する。
「いや。そうなることを俺は望んでいたけどね。加奈は案外頑固なんだよ。自分が愛してるのは向井だから、俺とは結婚できないと言った。子どもはちゃんと産んで育てるからと約束してくれた。どのみち俺はいなくなる。子どもが生まれる前に」
そこまでしたのに、自分の子の顔を見られないまま死んでいくのは、どれほど無念だろう。
「最後に電話で話したとき、加奈は向井ときちんと話したいのに、あいつが会ってくれないと嘆いていた。加奈は向井を騙そうとするような子じゃない。出張中に他の男に抱かれて妊娠したことも、ちゃんと話して別れようとしていたんだ」
「酷いじゃないですか。優斗さんに抱かれたら、私が圭さんと別れざるをえなくなるとわかっていて抱くなんて。今日だって私には記憶がないんだから、そのままにしておいてくれたら良かった。知らなければ圭さんと一緒にいられたのに」
俯いた私はまたポタポタと涙を零した。
「それじゃあ意味がない。その子は俺の子だって加奈が覚えていてくれなきゃ」
随分自分勝手で酷いことを言っているのに、なぜか私は優斗さんのことを恨む気持ちにはなれなかった。
結局、この道を選んだのは私自身だ。
圭さんを傷つけてでも優斗さんの願いを叶えたいと思うほどの何かがあったのだろう。
幼い頃からの絆とか感謝の気持ちとか。
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