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「突然、加奈の携帯が繋がらなくなって焦った。加奈とおなかの子に何かあったかと思って心配した。病院を抜け出して会いに行ったら、マンションはもぬけの殻で会社は辞めてるし」
私の携帯は記憶喪失になったときに落ちて壊れたから、圭さんが新しいものを買ってくれていた。
「私が圭さんと結婚したって、母から聞きました?」
「え⁉」
椅子から立ち上がった優斗さんの驚愕の表情を見れば、母が話していなかったことは一目瞭然だった。
「加奈。明日、退院できるって? 良かったな」
その晩、仕事帰りに病室に寄ってくれた圭さんの顔を私はまっすぐ見ることが出来なかった。
「圭さん、私、謝らないといけないことがあるの。謝っても到底許してもらえることじゃないけど」
逃げ出したくなる気持ちを必死に押さえて、私は切り出した。
圭さんを失うことが怖くて悲しくて、唇も指先も小刻みに震えている。
「記憶が戻ったのか?」
「違う。今日ね、幼馴染が訪ねてきたの」
「加奈、悪いけど今夜はもう帰る。明日、会議で朝早いんだ。退院は昼過ぎでいいって言われたから、中抜けして迎えに来る」
私の言葉を遮るような早口に、私は気づいてしまった。
「圭さん、知ってたの? この子が圭さんの子じゃないって知ってたの?」
「出張中は時差の関係もあって頻繁には電話できなかったけど、それでも加奈の様子がおかしいと気づいた。帰国して会社で目が合ったときにわかったんだ。加奈が俺と別れようとしているって」
苦しそうに顔を歪めながら話す圭さんに、私は頷くことしかできない。
「大事な話があるから2人きりで会いたいと連絡をもらっても、俺ははぐらかして加奈に別れ話をさせないようにした。会えないわけじゃない。会社では他の人間がいるところで会って世間話をするに留めていた。でも、そんなときでも加奈は辛そうだった。このままでいられないことはわかっていたけど、問題を先送りにしていた。ところが、あの日、加奈が体調不良で早退したと聞いて、心配になって家まで行ったんだ」
「あの日って、私が記憶喪失になった日?」
「うん。医者に連れて行ってやろうと思って行ったら、いきなり玄関先で『ごめんなさい。あなたを裏切ってしまったから別れて下さい』と頭を下げられた。幼馴染の橋浦に絆されて、体を許しただけでもショックだったのに、加奈は妊娠していると俺に告げたんだ。橋浦の子を産むのを承知して避妊しなかったと」
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