迷い込んだ森

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頭を強打しているので念のため1週間の入院となった私の元に、向井さんは毎晩来てくれていた。 向井さんが連絡してくれたので、実家から母も駆けつけてくれたけど認知症の祖母を1人にしておけなくて、翌日には帰って行った。 たぶん母もいたたまれなかったのだろう。自分の顔もわからない娘のそばにいるのは。父が子どもの頃に亡くなっていたことすら私は覚えていなかった。 向井さんだって辛いはずだ。私なんかと一緒にいたって。 「向井さん、お仕事でお疲れなんですから、毎日お見舞いに来て下さらなくても大丈夫ですよ」 「”向井さん”じゃなくて、圭だよ。加奈はそう呼んでた。毎日顔を見ないと大丈夫じゃないのは俺の方なんだ。だから、来てる」 彼にとっては自分の子を宿した恋人に対するセリフなんだろうけど、記憶のない私には甘すぎて照れてしまう。 「圭さん。母から結婚の話を聞いたんですけど」 今日、母との電話で初めて知ったあれやこれやに、私は心底驚いた。 病院に駆け付けた母に圭さんが土下座して謝ったこと。記憶を失うほどのケガをさせて悪かったし、順番を間違えるようなことをして申し訳ないと。 安定期に入ったら、すぐに結婚式を挙げたいということ。 入籍は今すぐにでもしたいので、婚姻届の証人になって欲しいということ。 実際、母は実家に帰る前に圭さんが用意した婚姻届の証人の欄に署名捺印してきたと言っていた。 それらすべてのことを、私は圭さんから何も聞かされてはいなかったのに。 「加奈は今、混乱してるだろうから、退院して落ち着いてから話そうと思っていた。加奈が記憶を失くした日、産婦人科を受診して妊娠がわかって、加奈にプロポーズしたんだ。2人で話し合って、すぐに入籍して一緒に俺の家で暮らすことや、安定期に入ったら結婚式を挙げることを決めたんだよ。加奈さえ嫌じゃなければ、俺はそうしたい」 私に断る理由などあるはずもなかった。 圭さんに心を奪われていたから。 おなかの赤ちゃんのためにもそうするのが一番いいと思った。
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