迷い込んだ森

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退院して圭さんの車で彼のマンションに着くと、2LDKの一室は私の荷物で埋め尽くされていた。私の家から圭さんがそっくりそのまま運び入れてくれたのだ。 何も覚えていない私は会社を辞めざるをえなかったから、荷物の片付けと家事に専念できる。 「里帰り出産しないなら、この近くで良さそうな産婦人科を探さないとな」 疲れただろうから加奈は何もしなくていいと、私をソファーに座らせて昼食を作り始めた圭さんが言った。 介護に追われている母にこれ以上負担を掛けるのは申し訳なくて、私が「里帰りしないで出産したい」と言ったら、圭さんは大きく頷いて「それがいい」と言ってくれたのだ。 2人で頑張ろうと微笑んでくれた圭さんは世界で一番素敵に見えた。 「そういえば、出産予定日っていつなんですか?」 今頃こんなことを聞くなんて、私も相当抜けている。 病院で圭さんに妊娠のことを初めて聞かされた時に確か6週目だと言っていたから、今は7週目? 「11月11日だよ」 出来上がったオムライスにケチャップを真剣な顔で掛けながら、こちらを見ずに圭さんは答えた。 そんな一生懸命さが何だかかわいくて、フフッと笑ってしまった。 圭さんは学生時代、メンズ雑誌のモデルのバイトをやっていたというだけあって、すらっと背の高いイケメンさんだ。 涼やかな目元と薄い唇から、何となくクールな印象を受けるけど、こうして毎日顔を合わせていると、とても温かい人だとわかってきた。 ソファーからダイニングテーブルに移動すると、テーブルの上のオムライスにはケチャップで『LOVE』の文字が。 びっくりして顔を上げたら、圭さんが照れたように目を逸らせて、「俺の気持ち」と呟いた。 途端に胸が苦しいぐらいキュッと痛くなった。 この1週間、毎日お見舞いに来てくれた圭さんは、私に一切触れようとはしなかった。 でも、結婚の約束をした恋人同士なら、こんなものじゃないはず。
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