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圭さんの口ぶりから、私はてっきり2人で産婦人科に行って妊娠がわかったのかと思っていたけど、違ったのかもしれない。
私は2週間も前に1人で病院に行っていて、圭さんにはあの日打ち明けた。
たぶん、そういうことだろう。
なぜ、すぐに言わなかったのか。
その理由は簡単に思いついた。どちらかが望まなかったから。
圭さんは赤ちゃんのことを無事で良かったと喜んでくれていた。
ということは、望んでいなかったのは私の方。
なぜ? 仕事を続けたかったから?
――それとも圭さんをもう愛していなかったから?
どうしてそんな考えが思い浮かんでしまったのか。
ありえない。私は首を大きく振った。
記憶を失くしたのに、また恋をしたんだもの。あんな素敵な人を嫌いになるわけがない。
でも、圭さんが浮気をしていたら?
一緒に暮らすようになって2週間が過ぎたけど、私たちはキスを交わすこともなかった。
寝室も別で、私たちはただの同居人のようだった。
嫌でも他に女性がいるのではと考えてしまう。
妻の妊娠中に浮気をする男性は多いみたいだけど、もしかして圭さんは妊娠がわかる前から浮気をしていた?
私は浮気に気づいて、圭さんとの子を産むかどうか迷っていたのかも。
結局、エコー写真のことは圭さんに言えなかった。
言ってしまったら、私たちの関係が壊れてしまいそうで。
私はまた暗い森の中で迷子になってしまった。
「あの、圭さん。婚姻届は出さないんですか?」
すぐに入籍したいと言っていたのに、なぜか圭さんは私に記入させようともしていなかった。
それがまた私の不安を煽った。
「……いいのか?」
そうか。圭さんは記憶の戻っていない私に強引なことをしたくないと思ったのかもしれない。
「いいんです。記憶はいつ戻るかもわからないんですから。それに……」
あなたを愛しているから。
そう言いたいのに、臆病な私は言葉を飲み込んでしまった。
「そうだな。ジュニアのためにも夫婦になっておいた方がいいな」
圭さんはおなかの赤ちゃんのことを『ジュニア』と呼ぶようになっていた。
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