偽りの証拠

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帰宅すると、圭さんは真っ先に私にただいまと言い、それから私のおなかに向かって、「ジュニア、ただいま。今日もいい子にしてたか? ママを困らせるなよ」と呼びかけた。 この人はきっといい父親になるだろう。 私はその晩、婚姻届にサインした。確かな絆が欲しいと思ったから。 翌日、仕事帰りの圭さんと待ち合わせて、2人で市役所に届けを出しに行くことになっていた。 夕方、予定より早く行けると圭さんから電話があり、焦った私は寝室のクローゼットの引き出しにしまっていた婚姻届を出そうとして、うっかり一緒に入っていた通帳などをバラバラと落としてしまった。 慌てて拾い上げた手がふと止まった。 「え、凄い」 それは圭さんのパスポート。スタンプで埋め尽くされている。 圭さんは私と同じ会社で仕事柄海外出張が多いとは聞いていたが、こんなに多いと不安になった。 妊娠中に圭さんが出張に行ってしまったら? その間に急変したら? どれぐらいの頻度で行っているのだろう。 そう思ってパラパラめくっているうちに気づいてしまった。 前回の出張は1月30日から2月12日まで。 でも、そんなのっておかしい。 血の気が引いていくのが自分でもわかった。 エコー写真を見つけてから、妊娠週数を自動計算してくれるサイトで確認をしていた。 出産予定日が11月11日なら、3月5日が6週目で19日は8週目。 そのときに見たのは0週0日の日付。2月5日。 その日、圭さんがカナダに出張していたのなら、おなかの子は圭さんの子ではないということだ。 そんなはずはないと強く否定したいのに、色々な疑問がパズルのピースが当てはまるように氷解していく。 遠くの産婦人科で受診していた訳。 2週間も圭さんに妊娠のことを言えなかった訳。 この子が圭さんの子じゃないなら、一体誰の子なの? もしかして、浮気をしていたのは圭さんではなく私の方? 圭さんを騙して、圭さんの子として産むつもりだった? 記憶を失くす前の自分がどんな人間だったのか、私は知らない。 あんないい人を裏切って平気でいたの? 自分で自分が信じられなくなった。
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