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「ふう……せっかくセットした髪がメチャクチャだわ」
玄関の近くにある照明のスイッチを入れながらブツブツと呟く女。
今でこそ髪はボサボサになっているが、白髪が一本も無い、艶のある栗色で染められている髪からして、本来は とても綺麗な髪であることが窺えた。
顔立ちも絶世の美女とまではいかないが整った部類であり、タレ目がちな瞳は優しげな印象を与える。
彼女の名は天城 茜(あまぎ あかね)。
本日26歳の誕生日を迎える専業主婦である。
「でも、家へ入る前に傘が壊れなくて良かったよ。やっぱり百円市のとは違うなあ。少しの間なら、風に耐えてくれる」
濡れた傘を畳み、傘立てに入れる男の名は青砥 寛(あおと ひろし)。
口許にシワが見えるが髭は綺麗に剃られており、見るからに紳士的な中年男性だ。
「あら、私よりも傘の無事を喜んでいるのかしら。酷い人ね」
「ハハ……そういう君は傘に焼きもちかい? こんな物に嫉妬せずとも、私が一番 大事だと思っているのは貴女ですよ」
唇を尖らせて あからさまに拗ねた態度を見せる茜に寛が優しく そう言うと、彼女は すぐに機嫌を直して彼の首に抱きつき、キスをした。
「そんな台詞をサラッと吐いちゃうなんて、やっぱり貴方は素敵だわ! 大好きっ!」
「おっと、あまり大きな声を出したら香澄(かすみ)ちゃんが起きちゃうよ」
首に巻かれた彼女の手を掴み、乱暴に引き剥がすでも優しく身体から離れさせる寛。
ちなみに今 彼が口にした“香澄”とは茜の1人娘の名だ。
まだ5歳になったばかりの おてんばな少女であり、遊びに行く度に服を汚して帰ってくるが、かなりの甘えん坊で可愛らしい娘である。
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