第13章 二人で眠れたら

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菜摘の細い、透き通った声がはっきりと聞こえた。声のする角度から、彼女が顔を上げてありさの方に向けて発言しているのがわかる。 「わたしは新崎と別れない。絶対に…。こいつは自分が男でいることに傷ついてる。わたしは自分が女であることに傷ついてる。わたしたちはお互いを埋め合えると思う」 …そうか。 俺の頭がのろのろと動き出す。今までそんな風に考えてなかった。でも、俺はずっと傷ついてたんだ。菜摘を損ない、貪った連中と自分が同じ生き物だって事実に。俺がもし菜摘に欲情したらあいつらと同列になる。そんな思いでずっと菜摘への気持ちを認めることもできなかった。彼女を抱きたいと感じてはいけない。だって俺はあんな獣たちと一緒じゃないから。 でも、俺は菜摘への焦がれる思いに結局勝てなかった。心だけじゃ満足できなかった。全部が欲しい。菜摘と身体を重ねて、菜摘を感じたい。だって、俺は男だから。菜摘への情欲で彼女を滅茶苦茶にしたあいつらと同じ、男だから。 それを心のどこかで認めざるを得なくて…。 「でも、菜摘」 ありさが突然の菜摘の言葉に呆然としながらも、必死に言い募る。 「実際、ユキトにされるとこで、また嫌なことを思い出してるんでしょ?男とするの、本当は怖いのは確かでしょう。無理して、我慢してこいつに合わせてあげてるんじゃないの」 酷いこと言うなぁと思いつつも、俺もそれは否定しきれない。 「何も無理に男と付き合わなくてもいいじゃない。あたしじゃ駄目なの?あたしなら絶対に菜摘に嫌なこと思い出させない。いつも優しく、傷つけずに抱きしめてあげられるのに」 菜摘の声がやや優しい調子を帯びた。 「確かに、ありさといた時、嫌なことやつらいことは思い出さずに済んだ。ありさとあいつらは何一つ重ならないし、別次元のものだから。でも、そうやって思い出さない間もそれはわたしの中のどこかにそのままの形でちゃんとある。手付かずで箱詰めのまま、冷凍保存されたような状態だったの。いつその蓋が開くかわからない、わたしの中の何処かにある限り」 ありさが黙り込んだ。菜摘の静かな声がしんとした中に響く。 「新崎がその蓋を開けてくれた」 淡々とした、冷静な声。でも、その中にほんの少し、愛情のような温かみが混じった。
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