第13章 二人で眠れたら

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菜摘の声の調子が不意に優しくなる。 「でも、もうそろそろ新しい部屋、決めてくるよ。こんな状態でいつまでもここにいてもありさに迷惑かけちゃうし。今日のこと、本当にごめんね。失礼なことした」 さっきの菜摘の部屋でのことを指してるのがわかる。まぁあの時に関して言うと、悪いのはほぼ俺だけど…。 俯いたまま靴を履く俺の隣で菜摘が振り返り、ありさにまっすぐ向き合ったのがわかった。 「ありさには本当に感謝してる。あの最悪のとき、ありさがわたしに気づいてくれなかったらどうなってたか、考えるとぞっとする。わたしを絶望の底から掬い上げてくれた…。ありさのことは今でも大好き、友達として。もし許してもらえたらこれからもずっと友達でいたい。…ごめんね」 頭を深々と下げる。 「こんな形じゃなくて、もっとありさを傷つけないで済んだ方法が他にあったんじゃないかって…、ずっと考えてる。これからも考え続けると思う」 それから踵を返し、俺の背中に手を触れて前に進むよう優しく促した。 「行こう、新崎」 俺たちは扉を開けて、二人で当てもなく秋の夜の往来へと踏み出した。 …ああ。 外の空気を深く吸い込む。十月の夜はまだ思ったほど肌寒くはない。菜摘がさっきとは打って変わって開放感に満ちた表情で、俺の眼の前でスカートの裾を翻してくるっとターンしてみせ、悪戯っぽく見上げた。 「ばれちゃったね、ついに」 重苦しい空気を払おうとしてるのかもしれない。わざと軽薄な口調で何でもないことのように言ってみせる。俺も調子を合わせた。 「うん。…そうだな、ばれちゃった」 「もうあの部屋の敷居またげないね、新崎」 「仕方ないよ。…もともとありさの留守中にこそこそ上がりこんでたのは確かだもん…」 俺は手を伸ばして菜摘の小さな冷んやりした手を取った。 「もう速攻引っ越そう、菜摘。離れていたくない。毎日同じ部屋で眠りたい。いつも同じ部屋に一緒に帰りたいんだ」 言ってしまってから気づく。そうか。…土日は今までと同じ、一緒にはいられないんだった。 菜摘が俺のためらいに反応した。話の流れで彼氏のことを思い浮かべたことを察したらしい。そこでふと真剣な顔になり、俺に向き直る。 「新崎。…キスったって、軽く触れる程度だよ。深くはしたことない。向こうはそんなの、絶対無理だし。半年とか、下手すると一年近く間あくし」 「…うん」 俺は菜摘の目を見ずに頷いた。
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