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部屋のドアを閉めると、セイシロウはカバンをベッドに投げつけた。
あの夜、マユミを自宅近くまで車で送り届けたのはセイシロウだ。
「コンビニで買い物したいの」
待っていると伝えたのに、マユミは微笑んで「家、すぐそこだし。帰ったらメールするわ」と告げて車を降りた。
確かにコンビニからマユミのマンションまで、徒歩で三分と掛からない。
「分かったよ。じゃあ、オレ帰るよ!」
コンビニへと入って行くマユミを見届けた。
閑静な住宅街に店はあり、実際、そこを通り抜けた時も何時もとは特に変わった様子もなかった。
なのにその夜、マユミから連絡はなかった。
忘れて寝てしまったのだろうと、翌日まで待っていたが、結局、連絡は無いままだった。
三日して、マユミの母親から連絡を受けた。
「少しお時間を作ってはもらえませんか?」
あまりに神妙な口ぶりで、セイシロウはその訳を聞いた。
「お会いしてからゆっくりと……」
電話口ではそれを繰り返した。
翌日、仕事を午前中で終わらせて、マユミの実家を訪れた。
ここに来るのは三回目で、初めて来たのはマユミからプロポーズの承諾を受けた去年の秋だ。
それから、正月の挨拶でも会っている。
結婚すれば、この先もここに来ることになるなと心の中で思った事もあった。
「あの娘、何も覚えていないんです!」
「と言いますと?」
「私の事も、お父さんのことも。ここが家だということも、自分の名前さえも」
「そんな、まさか。記憶喪失とでも言うのですか?」
セイシロウはまだ信じていなかった。
「それでマユミはどこに?」
「二階の部屋に……」
「お邪魔しても良いですか?」
母親に案内され、セイシロウは階段を上った。
「マユミ!」
いつもみたいに呼び掛けたセイシロウだったが、そこに座っているのはまるで別人となったマユミだった。
「マユミ?」
少し近づき、うかがうように呼び掛けてみると、マユミは明らかに怯えた表情でセイシロウを見返した。
「セイシロウさん。無理はなさらないで!」
母親に止められて、セイシロウはマユミに近づくのを諦めた。
「お医者さんの話しでは、ゆっくりと時間を掛けて治療しましょうと」
「すぐには戻らないと?」
「いつ戻るのかは分からないと言われました。三ヶ月のこともあれば、明日にでも突然に回復するとこも」
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